iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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【アイマス×FM1】 『@ Minefield』 mission-19(Bpart)
 テンダスP
 

 青臭ぇなあ…と思いながら見てたんですが、アミとボビーの会話の辺りで涙腺が…。
 このPの作品を追ってて良かったですね。
 一寸の虫にも五分の魂。
 中二病にもひとひらの真実。

 ま、顔グラが拡大を繰り返すのは何のことか良く分かりませんでしたけどw 能の型でも、たまに何を表してるのか、説明を受けないと全く分からないのがありますが、あれと似てますねw これは何を表してるんでしょう? (※追記 判明しました。エントリの末尾で書きます)。
 あと、フォントはひょっとして例の動画とかの影響なんでしょうか。全然気にしなくていいんですけどね。
 たとえば能では、二人の役者が同じ曲を演じたら、最初から最後まで同じ型をやって終わるわけです。間違えたり、勝手に変えたりしてはいけない。なぜか? それは、「どんな型をするのか」は、鑑賞の対象ではないからです。ヒラキをするところで、サシをしたり、足拍子をしたりすると、お客さんは冷めてしまう。お客さんは、「何をやるか」ではなく、「どんな風にやるか」を鑑賞しに来てるからです。ヒラキをやる場所では、ヒラキのやり方(How)を見に来てるわけであって、そこで一体どんな型をやるのか(What)を見に来てるわけではない。だから、間違えてはいけないんです。
 アイマス架空戦記も、似たようなところがあります。どんなインターフェイスで、どんなフォントで、どんな独創的なキャラ付けで…そんな「What」の架空戦記は、確かに素晴らしいとは思いますが、実は、残酷なことを言えば、それをやって面白いのは、一部の才能がある人だけだと思います。このやり方だと視覚的なセンスなど多方面に渡る技術や能力が必要になってくるので、シナリオを作るのが好きなだけの人では、すぐに限界が見えてしまうんですね。
 私は誰もが皆、無理してそんな「豪華な」架空戦記を目指す必要はないと思ってます。画面下に単色のウィンドウがあって、MSゴシックで、ニコマスの定番通りのキャラ設定で、立ち絵の腰から下が切れてて…それでいいじゃないですか。私の知る限りほとんどの架空戦記は、むしろその定番通りの「型」のなかで、どのような架空戦記をやるのか(How)が面白いものばかりです。
 というか、他人と同じことをやることが、なぜ恥ずかしいことなんでしょう? 現代人は、「私は、他人と違わねばならない」という強迫観念に取り憑かれ、「個性」やら「オリジナリティ」やらを信仰してしまっている部分があるように思います。しかし、胸に手を当て、深呼吸をしながら、ゆっくりと考え直してみましょう。人と同じであるということが、そんなに「悪」でしょうか? まずは皆と同じことをやって、その中でどうしても生まれてしまう他者との微妙な違いだって、やっぱり「個性」でしょう。
 そしてニコマスの一視聴者として見ている限り、私にとって、作品の「個性」というのは、その程度で十分なんです。「俺は人とは違うぜ!」なんて言わなくていい。無理して人と違おうとせずに、自分が他人と同じでいいと思う部分は同じでやればいいし、「ここは皆と同じになりたくない。俺のアイディアや主張を見て欲しい」と思う部分は、自分の思う通りにやればいい。それが自然な「個性」というものでしょう。「他人と違わなければならない」という強迫観念が、むしろ作中に表れる作者の個性を歪めているのではないか、というのは、ニコマスに限らず現代の文芸作品全般を通してよく思うことです。
 もちろん、この個性論は「だからお前も他人と同じことをしろ。他人と少しだけ違うのが本当の個性だ。お前が好き勝手にやることは、それはただのワガママであって、『本当の個性』ではない。だから皆の決めたルールに従え」などという風に、他人に画一的なルールを強制するために使われやすいという弱点があって、全体主義の影がチラつくわけです。だからこそ、現代でこの考え方はどちらかというと隅に追いやられてるんですが、当然、長所もあります。それはこれといって個性のない人、独創性がない人でも、能やアイマスの「型」を覚え、自分が特に「独創的」なことを思いつかない部分は型通りやって、何かいいアイディアがある部分だけ自分の好きなことをやれば、自分が何も思いつかない部分については、偉大なる先人たちが作り上げた「型」が、コンスタントな面白さを提供してくれるという点です。ノベマスで言えば、千早のやよいへの愛やら、萩原建設ネタやら、そこら辺のことですね。そういう定番ネタでシナリオの大部分を埋めつつ、自分のやりたいところだけ、好きなことをやればいいわけです。
 失礼な言い方ですが、ニコマスでこれだけ素晴らしい傑作架空戦記が生まれてきたのは、それを作った架空戦記Pたちが「独創的な個性」やら「天才的な発想力」を持っていたからではないと思います。彼らの中に「天才」なんて一人もいなかった。ただ、彼らはニコマスという「型」を使うのが、非常に上手かったんだと思います。型にハマって終わりでもなく、型をぶっ壊すことに「反体制」の快感を覚えるでもなく、自分のアイディアより型のほうが面白いと思ったら、素直に型通りやり、「これはニコマスの定番から外れるが、絶対にこっちの方が面白い」と思ったら、それをやる。その間合いの見極めが卓越して上手かった人たちの名が、今では綺羅星の如く輝く、ニコマスの殿堂に飾られているのではないでしょうか。
 ただし、濃い味のポテチばっかり食べていたら、たまには穏やかな甘味の和菓子が食べたくなるように、またそんな和菓子ばっかり食べていたら、そのうち化学調味料がわんさとかかったスナックをまたかじりたくなるように、「個性的な」ノベマスと、型を上手く使った「個性のない」ノベマスというのは、最終的にはどっちもどっちです。むしろ片方だけになってしまっては困る。けれども、その「個性のない」ノベマスというのも、れっきとした「個性を表現するための手段」であるのだ、ということを主張して、「個性のない」ノベマスを作っていることに悩むノベマスPの皆さんへのエールとしたいと思います。

 以上です。

■追記
 「中二病」などと書いてますが、この作品のシナリオは現在連載中の架空戦記では屈指です。シリアスが魅力な作品の中では、間違いなく5本の指に入ります。いや、3本かな?w
 それなのに文中にこの作品の「良さ」についてほとんど言及がないのは、それは自分や架空戦記民にとっては分かりきった話なので書いてないだけです。
 ただ、自分の視点から見るとテンダスPの「クサさ」と「カッコよさ」、「青臭さ」と「人情味」のバランスは常に際どいものがあり、いつも見てて心が揺れます。「このシーンを見て、何人かが視聴をやめたのではないか」と感じるような、危なっかしいものを感じることすらあります。
 しかし、それでも彼の作品…というより彼自身には、行く先を見届けたいと思わせる魅力があるため、私はこうして作品を追っているし、どうかなあと思うこともある一方で、泣かされたりしてるわけです。
 いつも当たり障りの無い定番ギャグで楽しく笑わせてくれる作品もいいですが、こういう作品もいいじゃないですか。また芥川龍之介の言葉でも借りてみましょう。

 好人物は何よりも先に天上の神に似たものである。第一に歓喜を語るのに好い。第二に不平を訴えるのに好い。第三に――いてもいないでも好い。

 自分にとってテンダスPはまさに、このような好人物ではない人物です。だからこそ、芥川龍之介のいう好人物の三番目の属性は、彼には当てはまらないのです。

■再追記
 例の顔拡大のエフェクトは、原作の演出の再現だったそうです。えー、最後にゲームやったのが相当前なので、完全に忘れてましたw お騒がせしました。申し訳ありません。
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【MikuMikuDance】教えて!!魔法のLyric【やよい】
 sh5氏
 

 やよいがひたすら踊るMMDの動画です。モーションについてちょっとだけ。
 元がYumikoさんという人間の方の動きをトレースしたものなのですが、元の動画を見てると、若干ミクのほうが上体が後傾してるように見えます。といっても元の動画の視点が俯瞰なので、Yumikoさんの上体が元々後傾してるようにも見えるし、これがカメラの関係でそう見えているだけなのかはちょっと分かりませんが、このモーションをやよい単体で見ると、自分にはちょっと気になりますね。
 一方で腕や足の動きは脱力した感じが上手く出ており、「No Life Queen」の、筋肉の収縮を感じさせる少し力んだようなモーションより、私は好きです。
 体重の移動もよく再現されてますが、アイマスのノーマルPVは、もう少し体重を感じさせません。能なんかでも、重い体がドカッと床の上に立ってたり、座ってたりするような感じは、私はあんまり好きじゃないです。
 なに、私のがそうなってるって? サーセンwww
 まあ、「リアル」を指向して少し重力を誇張するか、本家アイマスのように軽やかな感じで行くか、どっちかがいいと思います。この動画のモーションは少し「リアル」かな、とも思いますが、人間の実写では(相当上手くない限り)表しにくい軽やかさも出ており、MMDの長所を強く感じさせます。モーション制作者の皆さんも、画像の忠実なトレースにこだわらずに、「自分が見て、綺麗だと思うかどうか」に、是非こだわってほしいと私は思ってます。

【アイドルマスター】Endless Tears...【演奏してみた】
 哀れな小羊P
 

 権利者削除から、演奏してみたに音楽を差し替えて復活! いやー、これが見れて良かった。削除されたものは、後で見ようと思ってたら消えちゃってたので…。
 哀れな小羊Pは先日の合作も良かったんですが、こちらも素晴らしいですね。「レプリカーレ」の時は、ループする世界とか、それを象徴するアイドルたちの回転する動作だとか、アイディアとかテーマとか構想力には出色のものがあったんですが、一部の人に「表現が浅い」などと書かれてしまっていたように、どこか世界の狭さを感じさせるというか、箱の中に閉じ込められたような圧迫感がありました。それは作品のテーマ上仕方のないことだし、むしろ作者が意図したものですらあったのかもしれませんが、自分にはそれが今ひとつ視聴しててダイレクトな快感につながって来ないという憾みがありました。表現しようというものの壮大さや歌詞の読み込み、そして何より最高峰の技術があるからこそ、どうしても「もったいない」感じが拭えなかったわけです。それが合作でも今作でも、「レプリカーレ」の時にあった特有の狭さがかなり解消され、世界に広がりが生まれているように感じます。こういうものは「個性」や「感性」に帰せられてしまい、一生変わらない人もいるので、自分にとって小羊Pのこの変化は嬉しいですね。
 細かい不満は、実は結構ありますw たとえば1:38辺りからの「光の翼」なんかは、自分にはちょっとクドいですねw でもこの曲は全体に歌詞の持つ「意味の密度」が「レプリカーレ」ほど高くなく、どちらかというと抽象的な言葉が続き、「レプリカーレ」のように歌詞の意味を映像で追っていくのが難しいと思われるのと、何より次のシーンで「レプリカーレ」の世界にジャンプするので、何か「タメ」が必要だったんだと思います。
 他にも、色んなところで微妙に時間を持て余してるように感じるところがないではないんですが、最後にあの衣装でステージで決めた時は、驚き、そして「やられた」と思いましたw これだけ背景をガリガリ作り、動かし、弄りまくった挙句、最後の最後でステージの上で「キメる」伊織は、「私は、アイドルなのよ!」あるいは「ここで踊るしかないでしょ?」とでも言ってるようで、実に示唆的です。「レプリカーレ」では、繰り返す輪廻の輪から抜けられない、儚い存在として伊織たちアイドルを描いておきながら、ここでは伊織は、自分の「居場所」にしっかりと両足で立ち、一歩も引かない覚悟を決めているようにも見えます。おそらく作者は「輪廻の輪からの脱出」としてこの作品を描いたのかもしれませんが、この作品のラストを見る限り、自分にはそれほど伊織が輪廻の輪から「脱出」したようには思えず、むしろ輪廻の輪の中で永遠に生きることを肯定したかのような力強さを感じます。超人による永劫回帰の肯定みたいな感じでしょうかw
 まあ、それはあくまで私の思想の反映にすぎないと思いますが、このラストが諸々の小さい不満を吹き飛ばしてくれました。やはり小羊Pは構想というか、「その動画で何を訴えるのか」という点について、一本筋が通ってますね。ここまで技術を駆使するタイプの人が、しっかり作品に一つのテーマを貫くというのは、中々出来るものではないと思います。「レプリカーレ」の時、細かい不満を感じながらも、「この人の作品は何かが違う」と思っていたのは当たりだったようですw
 この動画はまた消されるのが嫌なので、しっかりダウンロードしておきましたw 小羊Pは動画を作り続ける限り、さらに上の世界を見せてくれると思います。もう「頂点P」とかいう言葉も陳腐になりつつある昨今ですが、「アイドルマスターの世界とは何なのか」という極めて単純かつ難しいテーマに全力投球で挑む彼の姿は、やはり、一人の王者の名に相応しいものです。彼の進んだ後に、道が出来るでしょう。我々は、そこを辿るだけです。

アイマスマシーン【カリキュラマシーン】
 いっつP
 

 元ネタは全く分かりませんが、中々気持ちのいい動画です。
 密かにフォントが昭和っぽくていいですねw

アイドルマスター テスト動画
 mms.P
 

 千早の自作3Dモデルがデビュー作、というわけですが、原作に近くていい感じですね。やっぱり顔が難しそうに思えますが、かなり雰囲気出てます。
 髪がワカメみたいなのはやはり気になりますがw、3Dを1から学んでここまで来たとのことで、この技術で春香の動画を作ろうとしておられるようです。…それならなんで千早から作ったんだろう?w
 次の動画まで時間が掛かりそうですが、かなり期待出来そうな方です。

 ところで、同じ3Dモデルでも、「No Life Queen」のような「危険な領域に踏み込んでる感じ」がないのはなんでなんでしょうか?w

【合作】3期合同3月P合作 3×3P's【PVメドレー】
 3月デビューPの皆さん
 

 全体的に良かったですね。
 強く心動かされたパートのうち、ひろっちPのパートの印象が強かった。春香さんが可愛いということをダイレクトにやってくれてます。春香はこういうストレートな動画にも、じゃんPの「樹海の糸」のような動画にも耐えますね。素材としての「仮面性」が強いんでしょう。まあ、詳しいことはまた今度w …なんて言ってたら、永遠に書かないような気もしますけどw やっぱり「宝野ハルカ」を使って話を広げまくるのには無理があるのかなあ…。
 一番感動したのは哀れな小羊Pのパートですね。画面の前で「おお!」とか言いながら、かぶりつきで見ましたw とにかく、映像として美しい。私は能なんか習ってるので、日本文化大好き人間だと思われてるかもしれませんが、そんなことはないですよw 能を習ってるのも、まあ、面白いからやってるわけで、「つまらないけど日本文化だから見よう、習おう」では意味がないと思います。このパートも和風だから好きなのではなくて、ただ、色や形が綺麗だと思うんですね。それがたまたま和風であったと。「日本人だから、和風の文化を作らなければならない」となったら、多分、日本文化も死ぬんじゃないでしょうか。

【源氏m@ster】紅葉賀【第七帖】
 くるわP
 

 っていうか、天皇に仕えてる女性がこんなもの堂々と書いてた時代というのはすごいなーとw 「女だから」ということで相手にされなくて、逆に好きなこと書けたのかもしれませんね。

非アイマス : [初音ミク] 思想クーデター [オリジナル]
 雷鳴P
 

 青臭くて、考えもまとまってなくて、ロクに法律のことも知らないんだろうって思うけど。
 「世の中を変える」ってのは、多分、そういうことなんだろうな。



 諦めたように微笑む「善人」たちの
 鉄のカーテンで閉ざされた鼓膜を突き破って
 真実の声で
 その脳髄を揺らせ

アイドルマスター「隣に…」を能っぽく踊ってみたの面を変えてみた
 まなりゅ?P
 

 wyrdPの動画に続いて、またネタになってるようですw しかし仕事早いですね!w
 いずれにしろ、素材になれてるというのは喜ばしい限りです。私の場合は「隣に…」という名曲があったからこそ、自分の動画を作ろうと思ったわけですからね。
 ただ以前、腰痛Pが「あねぴよは交通事故のようなもの」と言ってて、全くそれと同じ心境ですねw 次はわざと、もっと分かりにくい、ニコマス民の一部にだけ楽しめるものを敢えて作ろうと思ってます。

アイマスでデュラララED【n番煎じ】
 奴隷人生pi氏
 

 線が綺麗で、色が綺麗。
 最初∀Pの絵柄を思い出したんですけど、pixiv見てみたら(↓)全然違ってましたw

 

【コメ春香】春香さんがみんなのコメントをミテマスヨー
 怪盗紳士P
 

 なぜか見てるだけで楽しいw 春香さんはかわいいですなあ。

自作動画 雑記 : 祭りの後
 

 だいぶ落ち着いてきました。
 会社では、空いた時間を使って、特にコメントで不満の声が強かったハコビ(足さばき)の特訓してましたw

 いや、先生に面と向かって注意されると、むしろ嬉しいもんです。どれだけ間違ってようと何にも言ってくれない先生もいますから、「そこは違う」と言ってくれるということは、「言いたいことは山ほどあるけど、とりあえずそこから直せ。それがお前が直せる一番簡単かつ重要な部分だから」くらいの意味があることが多く、とてもありがたいことです。
 しかしそれは一種の信頼関係があるからこそであって、短いコメントでズバッとそこだけ言われると、やっぱり思ったより応えますねw これは言われる身になって初めて分かりました。それで2日ほど落ち込んでたんですが、段々やる気が戻ってきたので、今は基本的なところから直してます。
 またこういう動きではハコビ(運足)やカマエ(構え)に目が行くというのは当然のことで、これは基本中の基本であって、むしろ細かい部分にほとんどクレームが付かないのには驚きました。これは別にそれが良いということではなくて、まずは基本から直せということですから、さすが能を見る人は違うなと思った次第です。なので、基本のキから見直して行こうと思います。やっぱり、技術は基本があってこそでしょう。それを再確認させてもらいました。
 まあ、多分そのうちプロが出てくるので、私はその時お役御免になりそうですが、動画を上げる上げないに関わらず、とても日々の練習のモチベーションが上がったので、段々やっぱり動画を投稿したことは、少なくとも自分には良かったのかなと思えるようになってきました。
 しかし、批判コメに向き合えたのは、褒めてくださった方々の暖かいコメがあったからこそであって、これが両方あって初めてニコニコ動画なんだろうなと思い、とても感慨深いものがありました。批判だけだったら「もうこねぇよ!」だったろうし、褒められてばっかりだったら、ここまで真面目に基本を見直そうと思ってないでしょう。コメントを下さった皆さんに感謝しながら、これからも頑張って行こうと思います。ありがとうございます。

 …なんてことを思ってたら、また仰天。

 アイマスデイリー総合1位

 もうどうにでもな?れ♪

アイドルマスター 隣に…をやよいに踊ってもらった
 wyrdP
 

 あれ、なんか見たことあるような…w

どうしてこうなった
 ここ2日のユニークアクセス数

 アクセス数

 バグったのかと思ったw もう笑うしかないw
 でも、今までニコマスの感想文だけで1万もユニークアクセスもらってたのかと思うと、そっちのほうがむしろ誇りに思えました。一視聴者の感想文なんぞを読みにわざわざこのブログに来てくださった皆さん、本当にありがとうございます。ニコマスがなかったらブログを始めてなかったと思うし、ブログを書いてなかったら動画を上げることもなかったと思います。全てはご縁ですね。
 また、ただの感想屋さんに戻りますのでw これからもよろしくお願いしますw

【信長の野望天翔記】松永春香南へ第七話【アイマス】
 昨日上げた動画のことは出来るだけ早く忘れたいので、平常運転に戻ろうと思いますw
 当分の間、また一人のニコマスブロガーということでw

 サザエP
 

 しかしこの動画を見てると、とにかく春香さんが可愛いですね。ミヤコ衣裳さんの服もバッチリ。
 でも糸冬Pが以前ブログで書いてたことは、このことかとも思います。要するに、ここでは春香さんはほんわかと優しい感じの女の子になってますが、原作では結構ハイテンションなところがありますからね。でもニコマスで見慣れてるんで、何やらこれがもう、我々架空戦記民にとっての「白春香さん」ですw ただそう考えると、今糸冬Pが「ミキトキ」でやってる原作春香さんの見直しというのは、そのうち注目されそうですね。
 サザエPはエチ春ますとれと春香さんを使い込んでるので、これからもますます磨きが掛かっていきそうです。

【手描きアニメ】ガールズ・ベースボール OP(動撮)
 ダブルボギーP
 

 いや、アニメっていいですねw 絵が動くっていいもんだなあと改めて思います。絵も可愛くて個性的だし、完成しなくても、これで別にいい気も…って言ったら失礼なんでしょうか?w

<「隣に…」を能っぽく踊ってみた> Q&A集
 昨日上げた「アイドルマスター 「隣に…」を能っぽく踊ってみた」に関するよくある誤解や質問について、お答えしておこうと思います。ただし分かりやすくするために、動画のコメントを少しアレンジして載せてます。

>素人じゃないだろ
 習った期間は、計5年半ほどです。
 ちなみにここで言う「素人」というのは、伝統芸能の世界独特の言葉で、「プロでない人」を指します。40年習ってても、プロでなければ、その人は「素人」です。「お素人さん」とか呼ぶこともありますが、侮蔑の意味はあんまりありません。逆にプロは当然「玄人」です。
 まあ、私は普通の意味でも、やっぱり「素人」ですけどw

>技術
 技術的には非常に稚拙なものです。ま、「習い始めてしばらくした人」くらいのもんですねw これは少し能を知ってる人が見れば分かることです。隠したくても隠せるもんじゃありません。それでもやったのは、「まだ誰もやってないから」「放っておくと、最後まで誰もやらないかもしれないから」これに尽きます。恥を忍んで上げましたので、技術に関する批判は、全くその通りです。私が見た限りでは、的外れなものは一つもありません。精進します。
 あと我々素人は普段、面を付けて練習しないので、こんな風に視界の狭い状態でやるのは非常に大変でした。現在舞台のどこにいるかを把握するので頭が一杯だったので、細かい部分は本当にボロボロになってます。情けない限りです。

>素人がなんでこんな場所で撮影できるんだよw
 ここは私の住んでいる県の、県営能楽堂の稽古用舞台です。色んなとこで書いてますが、練習用なら一般人でも4時間4千円で借りれます。日本全国見渡しても、こんな県は他にまずないと思います。能を習うには、非常に恵まれた環境です。

>これ、石川県立能楽堂別館じゃね?
 惜しい! すごい近いですよw
 まあ、上でほとんど答え書いてますけどw

>きつねはないわ・・・
 いや、ネット上には、「女性」「シリアス」「安い」「和風」などの条件を満たす仮面が、全く売ってないんですw 「安い」を無視しても売ってない気が…。
 あと女性の能面だけ紋付袴に付けても、全然あずささんには見えませんしね。何より値段が…。

>予算16万!?
 何やらこの言葉が一人歩きしてますが、これはビデオカメラや、三脚や、メモリーカードや、動画編集ソフトや、服装や、お面や、扇や、型を見るために買ったDVDや、その他もろもろを一から揃えた上に、使用料4千円の舞台を計4回も使って練習と録画をしたからです。これから使うものも沢山ありますから、決してこの一回に使い切ったわけじゃないですよw その点勘違いしないでくださいね。
 能にお金が掛かるのは事実ですが、上手くやれば安く済ませることも出来ます。その点が、我々貧乏人がこの芸能を習い続けていくのに重要なことかなと思います。
 ちなみにこのタイプの動画をもう一回撮る時は、1万ちょっとで済むと思います(扇と舞台使用料だけ)。

>足さばきもうちょっと…
 ですよねーw いや、でもそうやって「これを直して、あれを直して…」とやっていくと、私のような週イチで習ってるような素人では、一生動画が上がりません。もちろん「じゃあ一生上げるな」という意見はもっともですw すいませんw でも伝統芸能の紹介くらいの効果はあったようなので、それだけでも喜ぼうと思います。
 足に不満がある人は、おそらくもっと足をピンと伸ばしたまま、カカトだけ付けてつま先を浮かせるアレをやってほしいんだと思いますが、それがどれほど難しいことか…w 一応、「それだけ」やろうと思えば出来るんですが、自分はまだ未熟なので、それをやると今度は一定速度で移動出来ないんです。カク、カク、と止まりながら進んでしまうんですね。尺取虫みたいにw
 我々能を見る人間は、鑑賞中にしょっちゅう足先を見ますし、あのパカ、パカ、と足を上げながら進む動作の気持ちよさが重要な鑑賞対象の一つになっています。が、多分能をあまり見ない人は、あの足先の動きよりも、一定速度で移動するほうをイメージとして重視すると思ったので、足の動きは捨てて、身体の動きを滑らかにすることに専念しました。なので足先はひどいことになってます。申し訳ありません。ひとえに技術の不足です。

>結構手が下がってたな
 やってる人ですね!w でも、これは何度やっても無理でした。素顔でやればもっと維持できるんですけど、お面を付けてしまうと視界に手が入らないので、下がってるのを忘れてしまうことが多い…というか、ほとんど下がりっぱなしでした。精進します。

>ずっと笑ってた
 いや、それも正しい反応だと思いますw 私も、型付け(振り付け)は真面目に歌詞に合わせて考えて、歌い手の心情を表すように頑張ってるんですが、非常に馬鹿なことやってるのも事実だし、それも分かっててやってるので、真面目半分、馬鹿半分だと思います。
 でも、やってる方はすごい真面目なんですよw 手持ちの能の知識と拙い技術で、なんとかこの名曲の心を表現出来ないか必死に頑張った結果なので、「?を汚すな」というタイプのコメントは、予想はしてましたけど、やっぱり精神的にキツイですね。いや、そう思うのが普通なんですけど。別に私自身の下手さを怒られる分にはいいんですが、他の人に迷惑が掛かってると思うと、やっぱり後悔する部分はあります。まだ無理して動画を消すほどのものではありませんが…。
 ただ、繰り返しますが、やってる方は非常に真面目なんです。「こんなことやったらウケるだろう」などと考えて、ウケる動作を選んだりはしていません。でも、それが客観的に見て滑稽で面白いというのは、全く事実だと思うので、やはり正直な反応なんじゃないでしょうか。
 ただし、上手い人がこういうものをやると、もう「本人」にしか見えなくて、「よく考えたらバカらしい」という考えすら浮かばないことも事実です。あくまでアマチュアの宴会芸なので、「本物の能」と混同しないでくださいね

>宝生だったら五雲の扇使え
 この体たらくで「これが宝生流ですよ」って誇示するわけにはいかないでしょう。それこそ宝生流に失礼だと思ったので、あずささんカラーの紫の扇を買って来て使いました。一応襦袢の色を白にして、宝生流であるということは回避したつもりだったんですが…(宝生流だと仕舞の襦袢の色は、紺かグレーなので)。そこまで知ってる人はなかなかいないようですね。
 でもこんな風に一つの流派で概ね統一すると、色々クレームが来て他人様に迷惑が掛かることがよく分かったので、次に同じことやるとしたら、もっと色んな流派の型をゴチャ混ぜにして、何がなんだか分からない状態にしようと思いますw

>これが伝統芸能か
 何度でも言いますが、私はただの下手な素人なので、そういうことを言われると困りますw 本当に、「本物」はとても素晴らしいんですよ。是非、そちらの方をこそ、実際に見てみてください。

>上手いのかどうか分からない
 それは、私が下手だということですw

>フルだから通報だ!
 あ、ほんとだ!w すっかり忘れてました…。
 まあ、これだけ過大評価されてしまうと、色々な人に申し訳ないことになってしまってるので、それで削除されるのも、シナリオとしては悪くないんじゃないでしょうかw 広告してくれた人には本当に申し訳ないんですけど、そうなってしまえと思うことがたまにありますw

>曲の良さを特に感じる
 この言葉は嬉しすぎます。すこし目が潤みましたw
 少し大げさですが、私が表したかったのは、やはり「歌の良さ」です。これに尽きます。あくまでこの「隣に…」という曲を引き立てるために色々動いてるんであって、動き自体を面白いと思ってほしくてやってるわけではないんです。歌を増幅するレンズか、せめて反射する鏡にでもなりたいと思い、下手くそながらに頑張って練習したので、歌の良さをあまり邪魔しないで済んだのなら、これは本当に最高の褒め言葉です。ありがとうございます。

>能ってどこで見ることが出来るんだ?
 私のような動きの小さい能がみたいのなら、東京の方は宝生能楽堂のページをチェックするといいでしょう。
 しかし「謡宝生、舞観世」とも言われる通り、宝生流の動きが小さいのは、基本的に謡を聞かせるためです。そのため、謡の意味が分からない場合は、舞の動きが大きい観世流の方が楽しみやすいです。観世流のほうが大きい声で謡ってくれるので初見でも分かりやすく、特に修羅物などの派手な動きは見物です。観世能楽堂のページからチケット予約が出来るようですね。神戸、名古屋、福岡の観世会の催しも書いてあるので、近くの人は探してみるといいでしょう。観世流の分家の銕仙会なんかも、少数精鋭で名高く、声が大きくて迫力があるので、特に好きな人も多いです。
 あと靖国神社なんかでも、一流の能楽師が集まる「夜桜能」という催しが春にあって、桜に囲まれた屋外の舞台で、夜、ライトアップされた能を鑑賞できます。もう今年のチケットは売り切れてると思いますが、昔あそこで見た観世流の舞囃子「難波」が圧巻で、今でも強く記憶に残っています。確か、梅若晋矢さんだったように思うのですが…。
 近くでやってないよ、という人は、DVDでもどうでしょう。超の付く天才でありながら53歳で亡くなった観世流(銕仙会)の能楽師、観世寿夫さんの「井筒」が残っています。装束を着けた出で立ちからして別格ですが、足運び、姿勢など、本当に素晴らしく、大変見応えのあるもので、これぞ本物の「能」です。ちょっと値段が高いですが、興味のある方は是非どうぞ。前半はほとんど動かず分かりにくいですが、これは全て、ラストで井戸を覗き込むシーンへの布石です。ずーっと見続けてれば、そのシーンで肌が粟立ち、「ああ、このシーンのために今までやってたんだな」と分かると思いますw 序之舞という、能が好きな人でもよく寝てしまうことで有名な、テンポの非常に遅い舞があるんですが、この人の序之舞はかぶりつきで見れますw 必見ですw

>ちょっと能習ってくる
 皆さん興味を持たれたら、是非、大学の能サークル扉を叩くなり、近くの文化センターの能教室に行くなり、能を見に行ったりしてみましょうw 「この催しどう?」「行けるのは二つあるんだけど、どっちが分かりやすい?」などの質問にも出来るだけ答えますので、「能を見に行きたいけど、どうすればいいか分からない」という方は、このブログのどこのエントリでもいいので、分からないことは気軽に聞いちゃってください。正直もうこの動画は引っ込めたいんですがw、やってしまった以上、出来るだけ本物の能を広めることを手伝うことで相殺したいと思います。

 ***

 まあ、動画作ってる時は夢中でやってて、とにかく「これが面白いはずなんだ!」という気持ちで突っ走ったんですが、いざこうなってみると、色んな方に申し訳ないことしましたね。正直、「やっちゃった」感が否めません。今の感情を一言で表すと、ですねw 仕事中もずーっとドンヨリしちゃって…いや、面白く思ってくれた人には申し訳ないんですが、やっぱり「これはやるべきではなかったのでは?」「少なくとも『私が』やるべきではなかったのでは?」という疑念がどうしても消えません。この点は事前にあまり考えておらず、というか1000再生くらいいけば奇跡だと思ってやってたので、全く予想外でした。再生数260くらいの頃が一番楽しかったなあ…w 今はもう、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 毎日仕事で車を一人で運転してる時は、ずーっと謡の練習をやってるんですが、今日は全然集中できなくて…しかも私、この録画の前日に能の発表会に出てたので、腰の筋肉が今、完全にイカレてますw 超痛いw なので心も体も踏んだり蹴ったりの状況なのですが、とにかく、このどうしようもない動画で少しでも伝統芸能に興味を持ってくださった方がいるようなので、なんとかそれで納得しようと思ってますw 皆さん、ありがとうございます! 日本の芸能も結構いいでしょ?w
 この動画が伝統芸能への入り口の…10kmくらい手前になってくれればと思いますw

 では、また何かあったら付け足します。

■追記
>評価の基準はニコニコできるかどうかだろw
 うわーありがとうございますw これは褒めてもらえてるのかどうか分かりませんが、「ショボイ技術で、能を知らない人たちを騙してしまったのではないか」という罪悪感で絶賛落ち込み中の私にとって、少し救いになりましたw くよくよしてた気持ちに一筋の光ですw ありがとうございます。

>音も入れてほしい
 ここは練習用の舞台なんで、足拍子を踏んでも、「バキッ!」という音しかしないんです。本物の舞台でやるとホントいい音がしますが、ここでは生の音からしてよくないし、録音するのにも機器が弱いのでやめました。

>その型なら右足で止まるんじゃ…
 うっがあああああ! その通りでした! これも直しておきます。
 実は女物の仕舞は数年間のブランクがありまして。いつも修羅物ばっかりやらされてるので、大左右から身を入れるものが多く、これはすっかり忘れてました。申し訳ありません。
 こんなところで言われちゃったから、もう一生忘れないでしょうけどw

アイドルマスター 「隣に…」を能っぽく踊ってみた
 雅雪P(gase2)
 

 ついに、私もニコマスデビューしてしまいましたね。ほんと、しょぼい動画ですいませんw あと何ヶ月かさらに練習すれば、演技の質はもっと上げられるんですが、とりあえず一歩を踏み出すことから始めようと思ったので、この程度のレベルですが、上げさせてもらいました。

 しかし、お金が掛かりましたw 撮影用の録画機材、紋付袴、扇、舞台使用料(練習含む)などなど、全部合わせて16万くらい掛かってますw まあ、紋付袴などはこれからも当分使うだろうから別にこの動画のためという訳でもないんですが、ちょっと凝りすぎて要らんものまで買ってしまったので、ここまで膨らんでしまいました。
 昔は大学の先輩に紋付袴を借りてやってたので、能をやめて以来、久しく舞台に立ってなかった私には紋付袴がなく、まずはこれを買うことから始めました。結局紋付と袴だけで、4万8千円ですか。中国製のおかげで、安く揃えられました。近くの百貨店とかで揃えると、それだけで20万前後まで行きますw いい時代になったものです。デフレという言葉の意味が分からない人はインフレにすれば日本復活、とか言ってますが、そんな虫のいい話はありません。「一発逆転」の作戦が出てきたら、その国は危ないのです。
 それから扇はあずささんのイメージカラーに合わせて、2800円の紫の扇を買ってみました。ちょっと黒の紋付と灰色の袴には合わないかなと思ったんですが、以前写真でお見せしたことのある扇を使うと私の習ってる流派がバレてしまうので(能は流派によって扇の作りと模様が違うんです)、当たり障りのない代替品が欲しかったというのがあります。
 舞台は県営なのでとても安く、練習のための使用なら休日でも3930円で4時間使えます。これを4回使って練習と録画をしました。ちなみにこの動画で使ったのはプロが練習用に使う舞台で、能楽堂の二階にあります。やろうと思えば、客席付きの、プロが使ってる本物の「能舞台」を借りることも可能でした。実は値段も大して変わらず、4時間で5505円くらいです。でも、恐れ多いのでやめましたw 私にも最低限の良心はありますw あと、試しに名古屋の能楽堂の料金(本舞台)を調べてみたら、なんと5時間で15万・・・。ありえねーw ほんと、この県に住んでて良かったですねw

 ***

 では、動画中でやってることについて、ちょっと説明と、動画を見直して思ったことを書いておきます。
 0:38「空に抱かれ」で両手を左右に広げますが、この型を「ヒラキ」と呼びます。能ではあらゆる意味で使われる型で、開く動作だから「花」とか「白菊」とか、後ろにあるものをかばうように見えることから「守る」とか、それから特に意味はなくても、なんとなく使うこともあります。能の中で一番使う型なんですが、これを上手く綺麗に決めることは本当に難しい。この動画中では何回も失敗してます。それから本当はもう少し大きく開くんですが、動画で見る限りはあまり開かないほうが綺麗に見えるので、ここではあえて小さめにやってます。
 0:47あたりで、右手が下がってますね。これはダメなんです。能ではやってる間中、手は真下にぶら下げず、少し前に浮かせておかなければいけません。集中が切れてるのでこうなるんですね。この動画では多くの場所で手がぶら下がってしまってます。先生がいたら必ず注意される、基本中の基本です。こんな当たり前のことが出来てないようでは恥ずかしい限りですが、これを全部直してるとまた投稿が何ヶ月も先になってしまうので、目をつぶりました。
 1:06「声が聞こえなくても」で扇をふわーっと動かしますが、これは本当はもう少し小さくやります。大きくやった理由は、やはり、その方が動画では綺麗に見えたからですw
 1:11「抱きしめられた温もりを」で抱くような仕草をします。こんな型は、私は知りません。適当に作りましたw ただ、この動画では外側から大きく手を回しすぎて失敗してます。本当はもっと小さく下から抱くような感じでやるんですが、このテイクは全体的にバランスよく上手く行ってる録画だったので、この失敗には目をつぶりました。
 上手く行ってるかなと思えるのは、2:38「Why 待ってしまう」の月ノ扇でしょうか。動画で見ると、「待つ姿」を表すのに、まあまあ効果が上がってると思います。と言っても、実はこの型、自分の流派で習ったことはなく、金剛流の能楽師さんがこの型をやってる写真をネットで見付けて、「これだ!」と思って真似したものです。私が習ってる流派の先生、ごめんなさいw
 2:56「優しくキスをして」は、本来は恥ずかしがる様子を表す型で、本当はもうちょっと扇を倒して顔が見えるようにするんですが、口元が少しでも見えるとキスっぽく見えなくなってしまうので、この動画では深めに顔を隠してます。
 3:30「あの人を返して帰して」の足拍子は、ちょっと強すぎましたね。能では悔しい気持ちを表す時、こうして足拍子を踏むことがあるんですが、ここではそれが強すぎて「返せやオラァ!」って感じになっちゃってますw ただ、ここは本当に難しいところで、曲が盛り上がってるので、弱すぎると今ひとつなんですね。この「もし神さまが?」のシークエンスはいい型付け(振り付け)がなくて困り、録画中も幾度となく型を差し替えたんですが、どれもこれも上手く行かなくて、仕方なく足拍子で妥協した所です。もしこの曲を録画し直すとしたら、ここの型付けのやり直しから始めないといけませんね。
 3:36「生まれ変わっても」で一回転半します。哀れな小羊Pの「レプリカーレ」でも、前半はアイドルがくるっと一回転するダンスが執拗に提示されます。おそらく「回る」ということから、繰り返し続けるゲーム中のアイドルのプロデュースを表現しているのだと思いますが、能でも「輪廻」や「運命」を表す時は、大抵これです。全体的にこの歌は、能の型で表しやすい歌詞が揃ってる気がします。
 3:47「I want see you I wanna see you」の手を合わせる型は「合掌」、つまり祈りを捧げる型です。この曲と言えば桃邪気Pですから、彼と彼の作品(sm1036128)に対する感情を何か型で表すとしたらこれしかありませんので、入れました。曲のテンポが速いので、かなり慌ただしくなってしまってるのが残念ですが、この型を削るのはどうしても嫌だったので、前後の型を早くして、無理矢理ねじ込みました。それから投コメに「桃邪気P」の言葉と、この型の意味を書こうかとも思ったんですが、西岡Pが激怒されているように、桃邪気Pは最近一部で神格化されてしまっており、そういう死者崇拝の片棒を担ぐのは嫌だったので、やめました。「桃邪気Pに対する敬意をちゃんとコメントで書け、それがルールだ」なんて言われたら、誰も書きたくなくなりますよ。そういう「桃邪気Pを神として扱わない人間に対する排斥運動」は、私のような普通の人間が、彼に対する素直な気持ちをコメントや動画で表すことも難しくしてしまうので、正直、勘弁してほしい。
 4:14「触れてほしい」も型付けに悩んだところで、ここの部分もあらゆる型が上手く入りませんでした。曲は最高潮なんですが、どれも上手く行かないわけですから、とても苦しみ、悩んだところです。職場でも、暇な時は工場で一人で踊って、ここの型を必死に考えてましたw 最終的には、この動画のように2:38「待ってしまう」の月ノ扇の、扇を畳んだバージョンにしました。録画の前日くらいに思いついたものですが、結構上手く行ってると思います。頑張って考えてみるもんですねw ただ、この動画では少し顔が上を向きすぎてるかなとも思います。もう少し浅くするべきでした。
 4:26あたりを見ると、やはりアゴが上がってますね。本当は能というのは、ずっとアゴを引いてなければいけないんですが、音楽に浸ってたり、疲れてきたりで、段々こうして上がってくるわけです。これも次にやる時は直さなければいけません。
 4:48からのヒラキも、集中が切れてる証拠です。本当はヒラキというのは、腕を真横に引いた後、一旦止めて、そうしてから所定の場所に下ろさなければいけないんですが、ここではモワーンと連続でやってしまってます。これも先生がいたら注意されるところですw というか、いつも注意されてますw いつも上手く行ってないのに、本番だけ上手く行くわけがありません。常日頃からの精進が大切だと思いました。

 大体こんなところでしょうか。
 ちなみにこの動画では舞台の真ん中の方でしか動きませんが、本当の能では、もっと舞台の隅々まで動きます。が、曲のテンポが能の女性の動きをやるには若干早いので、いちいち大きく動いている暇がないんですね。それでこんなことになってます。
 あと、能の構えでは足を少し曲げるんですが、それが袴で隠れてるので、随分足が短く見えますね。まあ、実際短いですけどw

 ***

 言いたいことは他にも一杯あるんですが、ここら辺にしときます。一年くらいみっちり修行を積んだら、もう一回この曲に挑戦したいですね。その時に成長した姿をお見せ出来ればと思います。
 とにかく、動画を見直していてもため息ばかりです。こうして実際に「映像」を作ってみると、他のニコマスPがどれだけすごい「映像」を作ってるか、身に染みて分かりましたw ただ、この程度の動画を作るのにも、この曲に合わせて200回くらい練習したんで、まあ、今の自分の実力ではこれが限界でしょう。やれることはやったと思います。なので、今回はこれくらいで勘弁してくださいw
 あと、次はこの動画とは全く違う形式のものをやります。より面白いものを提供できるよう頑張りますので、どうかこれからも、よろしくお願いします。

 以上です。

■3/25追記
 一部歌詞の誤りを訂正しました。

「企業の社会的責任(CSR)」の正体
 非アイマスです。
 政治・法律の話です。

 以前、「『企業の社会的責任』なんていらない」と記事で書いたら、コメント欄でT_Uさんに「いやいや、企業の社会的責任は必要でしょ」と突っ込まれてしまいました。
 実は、私は今でも「企業の社会的責任」なんていらないと思ってます。ただ、それはおそらくT_Uさんの考える「企業の社会的責任」ではなく、法学上の概念である「企業の社会的責任(CSR)」という概念が非常に曖昧かつ危険であり、いらないと言ってるんですね。で、この問題はとても複雑なので(というかCSRを真正面から批判した学術書を見たことがない)、今までT_Uさんに弁解するために長ーいエントリを書いてたんですが、まとまらなくて放置してました。
 が、今日、その危険性が分かるちょうどいいエントリを弁護士の人が書いてたんで、それを例にとってみましょう。
続きを読む

エンコ
 現在エンコ中です。面倒臭いですねこれw しかも中々思い通りのものが出来ないので、試行錯誤してます。
 明日の夜までには上げたいと思います。

録画前夜
 すいません、また立て込んでますw
 今日は能の発表会があったので、何にも出来ませんでした。しかも能というのは舞ってる間じゅう腰をぐっと持ち上げて力を入れてるので、疲れて仕方ないw 書きたいことは山ほどあるんですが、今日は早めに寝ます。
 そして明日は、投稿用動画の録画前夜です。まだ一つ完全に決まってない型もあるし、明日で終わらせたいんですが、最悪の場合、延期です。しかし、なんとしても上げたいので、なんとか完成させたいと思ってます。撮り終わるのが夕方の5時なので、明日もエントリは書けないかもしれません。ほんとサボってばっかりでご迷惑おかけしてます。
 とりあえず、今日は早く寝て、明日に備えますw
 では!

【MMD】アイドルマスター春香 『No Life Queen』 完成版
 G様P
 

 地上に平和をもたらすために、私が来たと思うな。
 平和ではなく、剣を投げ込むために来たのである。
 (マタイ伝10章34節)

 すると、ある律法学者たちが心の中で言った、「この人は神を汚している」。
 (9章3節)

 こうして人々はイエスにつまずいた。しかし、イエスは言われた、
 「預言者は、自分の郷里や自分の家以外では、どこででも敬われないことはない」。
 (13章57節)

 私が律法や預言者を廃するために来た、と思ってはならない。
 廃するためではなく、成就するために来たのである。
 (5章17節) 

 そして、もしあなたがたが受け入れることを望めば、この人こそは、来たるべきエリヤなのである。
 (11章14節)

雑記
 すいません。例の都条例で立てこんでましてw
 自分の知識のなさを痛感しましたが、「公共の福祉」についてはネット上での使われ方がおかしいなと思うことが多かったので、まとめる記事を書いてます。今日は時間がなくて半分しか書けませんでしたが、明日には出来ると思います。
 最近エントリが少なくて申し訳ないんですが、いつも会社で暇を見付けて書いてるのが、3月は忙しくてw ちょいちょい空いた時間もついったーに使ってしまったり。
 とりあえず都条例関連で頭が熱くなってついったーにずらずらと書いてしまうことが多いので、早くこの問題が過ぎ去ってほしいと思います。私だって、仕事の他はニコマスのことだけ考えてたいですよw ほんと、平和が一番というのは、こうして「有事」が来ると強く感じますね。二次大戦前夜も、こんなきな臭さが漂ってたんでしょうか。何度も何度も同じ過ちを繰り返して…人間は、本当に馬鹿だと思います。
 誰もが思うわけです。「昔とは違う。大丈夫だ。きっと上手く行く」と。そして、善意で敷き詰められた地獄への道を、二頭立ての馬車で突き進むわけです。しかも終わった後に気付いてみれば、昔の人とやってたことは一緒。戦前の日本の表現規制も、エロ表現から始まりました。

 勉強するものがありすぎて困りますが、今出来るのは、勉強することだけ。法律、能、歴史、一生懸命やろうと思います。長時間掛けて勉強しても、ついったーの議論だと一瞬で勉強不足がバレます。特に「道徳」「倫理」というものの曖昧さと危険性を常に感じます。向こうもそれらについて深く考えてはいないのですが、それらが社会的に強力な規範として認められているため、突き崩すには勉強が必須です。おそらく中世ヨーロッパにおいて、法の形を取らない「道徳」という社会規範がどのように人権を抑圧していたかがヒントになりそうな気がしています。
 法律系はニコマスの動画の感想に応用が効かないのが難点ですが、これだけきな臭い社会になってくると、遠からずニコ動にも法律的な危機が訪れそうです。その日目指して、やり続けるだけです。

 とにかく気が萎えて諦めるのだけは嫌なので、歯を食いしばって前に進みます。負けませんよ!w

【アイドルマスター】ぬれピヨ子【濡れひよこ】
 つぶうにP
 

 \かわいい!/

アイドルマスター×妖精帝國 「Valtica」
 アイオニP
 

 春閣下・・・。春閣下って、なんなんでしょうね。私はそこにニコマスの全てがあると思いますが、そこからニコマスの全てを知ることは、まさに至難の業です。
 最初にアイマスのロゴを表示した後、何も映らない巨大ディスプレイは、ぱるぷんてPの「エレクトロ・ワールド」と対比されるべきでしょう。まだ「エレクトロ・ワールド」の二十選詳論が出来上がってないのは痛恨ですね。ここでは「エレクトロ・ワールド」のほうはゲームという「夢」を消極的に肯定しているのに対して、この作品ではどちらかというと否定的になっているとだけ言っておきます。・・・意味不明ですねw すいませんw 今はそれだけしか言えません。
 この何も映らない巨大ディスプレイと合わせて、シャッター、有刺鉄線、フェンス、行き止まり・・・色んな意味で示唆的な表現が多い動画ですが、多分に抽象的であり、今は上手い解釈が思いつきません。これは懸案としておいて、これからの研究を待ちましょう。適当に思い付くことだけ、以下、メモっておきます。

・巨大ディスプレイは、最初のロゴ以外、何も映さない。「もう映せない」あるいは「番組は終わった」と考えると、恐ろしい想像も広がる。
・巨大ディスプレイは、ゲームなどの「架空の世界」の象徴と見ることも出来る。その場合、最初ロゴだけが出ることから、これを「アイドルマスターの世界」と解してもよい。すると、それが「もう映らない」ということは?
・また、巨大ディスプレイが何も映さないのは、「この画面の向こうに行くことは出来ない」ということ、つまり「ゲームの世界に入ることはできないんだよ」ということの隠喩としても見ることが出来る。
・その場合、そのディスプレイが存在する部屋が有刺鉄線で封鎖されていることは示唆的。閉じ込められているはずの春閣下の生き生きとした表情を見ればいい。つまり閉じ込められているのは彼女ではなく・・・。
・下りたシャッターも気になる。これが全て開いたら、そこから光は差すのだろうか。あるいはこのシャッターの向こうには、壁しかないのだろうか。
・評論が苦手な人のために附言するが、評論とは、作品を通して自分を語ることである。作品を語ることなど出来ない。だから以上の解釈は、作品を通して私を語ったに過ぎず、「作者の意図」などという分かりっこないものを断定したものではない。注意されたし。

【アイドルマスター】 my only prince 春香ソロ
 櫻香P
 

 ガラクタさんついったーから。
 何がいいんでしょ?w こういう何の変哲もないPVに惹かれる時、ほんと言葉に困りますw
 でも、いいんですよ。1:48と再生時間も短いので、お気軽に是非。

戦国アイドルマスター 第41話 意志を継ぐ者編 孤独の行く先
 山川出版P
 

 すごすぎる。今回は音楽とのシンクロが目立ちました。まるで文章が先にあって、それに音楽を合わせて後から作ったかのようなシンクロのすごさ。オペラのような、音楽による盛り上げが効きまくってました。ただ、若干収まりきらない部分もあり、感動そのものは前話のほうが上だったようにも思います。ここら辺は難しいところです。
 後、山川出版Pは昔、千早が無人の世界に行ったあたりで「こんなに広げてまとめきれるの?」という主旨の疑問のコメが付いた人でもあり、実際、当時は架空戦記の更新停止が相次いでいた時代だったので自分もその可能性は感じましたが、今回のを見てると、この人なら最後までやり切ってくれるのではないかと思わせてくれるものがありました。
 昔はこの架空戦記はそんなに格別好きではなかったんですが、最近の深まりっぷりには他を寄せ付けないものがあります。是非完走してほしい、というか、「最終話が見たい」と強く感じさせてくれる作品です。

アイドルマスター「THE SOUND OF SiLENCE」
 炎のP
 

 「宝野ハルカ」と同じものを感じます。この抑制された表現の向こうに「物語」を見出したい人もいるでしょうが、私はこの表現の向こうには、何もないと思います。
 詳しくは「宝野ハルカ」の二十選詳論でやりますが、批評家のロラン・バルトは、日本の文化を、中心が空虚な「表徴の帝国」と呼びました。これは表現の向こうに必ず「意味」がある、西洋文化の「意味の帝国」と対比されます。
 西洋人が聖書を尊ぶのは、その向こうにある神を信仰しているからです。しかし、日本の知識人の多くには、聖書は文学作品の一種であると受け止められてきました。聖書は本来、神の教えを表現したものであるはずですが、彼らにとって、聖書の向こうにいる神や、神の教えはどうでもいい。それを伝えるイエスの生き様や、イエスによる神の教えの「解釈」とか「たとえ」のほうに関心があるわけです。
 この動画にも、同じものを感じますね。情報を削ぎ落した結果なのか、あるいは最初から「情報」なんてないのか、それは分かりませんが、とりあえず、なんとなく雪が降ってたり、電話に出たくなかったり、後ろ姿を見せてみたり、そんなのが続くわけです。本来なら物語があって、それを表現した結果の雪や、涙に心が動くわけですが、ここでは、表現の向こう側にあるはずの、具体的な物語や意味は見えない。見えないばかりか、存在しないのかもしれない。しかし、そこには不思議な心地よさがあります。
 少なくとも、「何を言いたいのか分からない」という批判は的外れでしょう。ここで表現したいものは、意味ではなく、表現そのものだからです。「涙を流す雪歩の気持ち」に心が動くのではない。物語や意味とのつながりを極端に薄められた、「涙を流す雪歩の姿」そのものが美しいわけです。ここでは通常の「意味が主、表現が従」の関係が逆転しています。「表現が主、意味が従」なのです。そして意味は、ほとんど消滅寸前にまでなっている。
 意味や物語という、本来「表現の向こう側にあるはずのもの」が欠落して、ただ「表現」だけがある。これがバルトのいう「表徴の帝国」で、日本文化全体によく見られる特徴です。俳句なんかも似てるんですが、時間がないのでここでは触れません。しかし、先ほどのエントリにもつながる、重要な特徴です。
 作品において、「意味」が強まり過ぎれば、それは表現というより「言論」になります。逆に「意味」を捨てて「表現」に走ると、こういう作品になります。ただし、この作品は極端に「意味」を捨てたものではなく、しっかりと「意味」や「物語」の香りを残してあるので比較的とっつきやすく、また作品としての質も高いと思います。
 だから自分は、この作品に物語は付けません。ただ、表現だけを楽しもうと思います。

■追記
 炎のPがブログで、一つだけヒントを提示してくれました

動画のほぼ全編に雪が降ってるわけなんですが
1シーンだけ降ってないところがあるのは
それが現実の出来事ではないから、という事です。

 私は全然気付きませんでしたが、言われてみると意味が深まりますね。物語的なものを考える方には、いい手掛かりになると思います。

3rdワールドウォー世界IDOL大戦?第12話前編 REDDAWN
 庭上げP
 

 二回見ました。これも今回はサラリとした展開が多かったように思います。
 反戦デモのところは上手かったですね。ののワさんの影に隠れる二人が何か可愛かったw あとやよいおりのキャラや扱いは、何かすごく安定してる気がします。やよいおりのシーンに来ると、何かホッとしますねw
 4:12頃からの戦闘シーンは、前回の番外編より緊迫感があったように思います。これは第10話の時の感覚に似てたので、元のゲームの映像もかなり効いてるのかもしれません。
 春香さんの泣き落としは、正直、貴音とは別の方向に覚醒するのかな? と思ってかなりびびりましたw しかし、「この先どうなるか分からない」という意味では、この作品はかなり前作と違ってきたように思います。

アイマス野球道Girl’s・五年目(25)
 糸冬P
 

 大体twitterで書いたことの繰り返しですが。
 まあ、ほんと面白くて、そうして、何も残らないw 散々楽しんだ後、全てが風のように消えてしまう。今までの「作品」の概念からすると、「心に残らない作品」というのは、すなわち「駄作」だったんですが、こういうタイプのアイマス架空戦記というのは、いい意味で心に残りません。とても楽しくて、そうして、それだけなんです。「あー面白かった」以上の、意味ありげな、思想的な感想は残らない。でも、だからこそ、いいんです。
 今までの――90年代までの作品というのは、「いかに自分の言いたい事や表現したいことを、鑑賞者の心に刻み付けるか」が、「表現」の肝要だったと思います。それはあの時代独特の、とても「熱い」作品を生む一方で、主義主張が鬱陶しいだけの作品も大量に生みました。私のブログもそういうとこありますから、あんまり批判は出来ませんけどw
 でも、アイマス架空戦記なんかを見てると、そんな「メッセージ性」の強い作品に疲れてた自分の心が癒されるのを感じます。多くの作品には、そんな風に訴えかけてくるものは何にもない。それを今までの「作品とは、メッセージである」というような作品の視点しかない人が見ると、「レベルが低い」と感じるわけです。いや、私だって、ニコマスが歴史小説やクラシック音楽より「高級」だとは思ってません。無礼を承知で言えば、より低俗なものだとみなしてるかもしれない。
 しかし、そこには同時に「訴えかけてこない良さ」があります。何も主張せず、何も深めず、ただ抽象的な「面白さ」だけを提供する。それを「堕落」だと言いたい人の気持ちは分かるし、実際そういう面があるのは事実でしょう。それでも、こういった作品たちというのは、「反権力」を掲げながらも、実際には様々な権威と結びつかずにはいられなかった今までの芸術とか文化とかいうものへの、穏健なアンチテーゼにも見えます。自分たちの楽しんでるものを「芸術」とか「文化」とか呼ばれると「俺たちのはそんな大したものじゃないよ」と言って笑われてしまうわけですが、一方でそれは、思想とか政治とかいった「主義主張の押し付け」という「汚い」ものが混じった芸術やら文化やらとは違うんだ、という、厭世的な自負にも見えるわけです。
 ただ、繰り返しますが、それは決して「いいこと」ではない。政治や社会、経済を作品中で語りにくいというのもあるし、特に児童ポルノ規制などが強く進められている昨今では、この「芸術性や思想性の欠如」は、漫画やアニメやゲームにとって、強烈な弱点になっています。「芸術性が高ければ、わいせつ表現の違法性が阻却される」という判例があるくらいですから、それを逆に考えれば、「芸術性を追い求めないこと」「思想を語らないこと」などが表現の中核であるこれらの作品は、思想でも芸術でもないわけですから、権力者によって非常に取り締まりやすい。人権屋の連中がここに目を付けたのは、すごい「嗅覚」だとしか言いようがありません。

 ちなみに「わいせつなだけで思想性や芸術性がない作品は、ただの性具(バイブなど)と変わらず、『表現物』ではないのだから、憲法で認められた『表現の自由』による保護の対象外である」という補足意見(法的拘束力は無し)を書いた最高裁の裁判官がいます(団藤重光氏)。

 だからこういう作品の隆盛には手放しで喜べないのが現実なのですが、今この瞬間、こういった作品に最も心動かされてしまうのが事実であるわけです。何とかこういう作品を擁護できる概念や理論がないものですかね。
 でも、そんな風に「芸術」「文化」みたいな権威ある名前を貰ってしまうと、またそこから堕落が始まるわけです。あらゆる文化に寿命があるのは仕方のないことですが、どうやったら、少しでも寿命を引き伸ばせるもんでしょうか。この風のように爽やかで、つかみどころのない、名前の付けようもない、文化と呼びようもない文化と、少しでも長く、共にあり続けたいと願うばかりです。
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