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点と線
 同じことばっか書いててすいません。「初音ミクの消失を演じていただきました」からは、色んなことが言えるんですが、一つだけ。
 これは前も書いたかもしれませんが、能の動きというのは、ハコビとカタから構成されます。つまり、舞台の上を歩き回る「ハコビ」と、何かその場で手や足を動かす「カタ」とから成り立っているわけです。要するに、「点と線」なんですね。泣く真似をしたり、かかとで床を叩いたり、そういう動きが一つ一つあって(点)、それをハコビという歩行移動でつないでいるわけです(線)。
 それに対してアイマスのダンスや「初音ミクの消失を演じて?」では、この「ハコビ」の部分がほとんどありません。能では舞台上を歩き回っている時間のほうが長いのですが、アイマスではほとんど動かず、その場で色々なしぐさをします(能でいう「型」)。そして本来「点」であるはずの「型」を、絶え間なく連続で行うことで、無数の点からなる「線」を作っているわけです。これは自分のように古典芸能を習っている人間からすると、結構面白い現象です。能をベクター画像だとすると、アイマスのダンスはラスタ画像であり、ある意味力技なんですが、おそらく短時間の鑑賞・実演に向いているのは後者であり、現代社会における隆盛も、そこにあるのではないかなと自分は思ってます。
 そして「初音ミクの消失を演じて?」は、究極の「点」の集合体なわけです。CGでも、ドットの集合で曲線を描こうとすると、解像度が少ない場合に線がガタついてしまいますが、「初音ミクの消失を演じて?」では、根性で作ったごく小さな無数の点をひたすら書き連ねることによって、美しい曲線を描くことに成功しているように思えます。しかも手話ですから、一つ一つの型に「意味」があるというオマケ付きです。以前書いた「意味的シンクロ」というわけですね。これで濃密な「線」を描くわけです。そこには型そのものが連続して線を描くという抽象的な美しさと、意味が連続して物語を作り出すという意味的な美しさが同時に存在しています。そしてそれは、音の連続によって生まれる「音楽」と、言葉の連続によって生まれる「歌詞」の二つが織り成す原曲の美しさと、奇しくも相似形にあるように思えます。この独特の構造が、自分がMMD杯の他の作品から、この作品が一つ抜けていると思う理由です。

 えー、法律の勉強ばっかりしてるせいで、ちょっと表現が晦渋ですが、これを分かりやすい文章に直すと、すごい時間がかかるうえに文章量が膨大になってしまうので、勘弁してくださいw
 ちなみにアイマスのダンスは基本的に「点の連続」ですが、アイマスのMADもそうかというと、必ずしもそうでないように思います。たとえばシラカワPは、ダンスの合間にゲームの背景や文字のアップを入れたりしますが、自分にはこれが、能でいう「ハコビ」、点と線でいう「線」に見えることがあります。

 ま、そんなこんなで、まとまりませんが、勉強があるのでこの辺で。
 長文失礼しました。
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