iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

H@NABI SKY
 先日取り上げた実写MAD「H@NABI SKY」ですが、その時の記事で「シラカワPばりの感動系」と書きました。何でシラカワPが頭に浮かんだのかなと思って見直してると、「シラカワPの空想メロウを思い出した」というようなコメが二つほどありました。確かに2:40あたりの雪歩が一人たたずみ、その周りを他のキャラたちが通り過ぎていくシーンは、空想メロウの3:35あたりにそっくりです。おそらく知っててやったんでしょう。でも人形でやることで新しい感動がありますから、やはり芸術の基本は模倣と再構成なんでしょうね。

 それともう一つ、見逃せないのが動画冒頭と最後の言葉ですね。「は・・・、はじめまして」という雪歩の台詞で始まって、「あなたのはじめては 誰ですか?」と呼びかけて終わります。この独白や呼びかけもシラカワPの得意とする演出です。ただシラカワPの場合、歌詞の意味を重視し、歌詞の語る「物語」を強調しつつ、もう一つ別の物語を画面に表示される文字だけで構築するという独特の作風があるのですが、さすがにそこまではいかなかったようです。「H@NABI SKY」のほうではそれほど歌詞を重視せず、映像重視で物語の線を一本に保ったところが成功の理由なのかもしれません。

 シラカワPの「二つの物語」も、実はつい最近から使い始めたもので、彼も始めの頃は普通の借り物Pでした。「二つの物語」について整理しておくと、説明は難しいのですが事実自体は単純で、要するに一つの動画の中にシナリオが二つあるわけです。一つは歌の歌詞。もう一つはシラカワPが独自に作った、アイマス上の物語。この二つが動画の中にあるわけです。
 普通の動画は、歌詞を画面内に表示したりして、歌詞の持つ意味、訴えたいこと、それを強調します。そして歌詞というのは大抵、最初から順に読んでいくと詩のように物語がある場合が多いので、視聴者はPVの映像を楽しみながら、その物語を味わうわけです。
 ところがシラカワPの場合は、そこにもう一つ物語が追加されます。たとえば先述の空想メロウなら、舞台の袖にいる雪歩が、一枚の写真の裏に書かれたメッセージを読むことで、「あの日の空想は今、叶ってるだろうか?」という自分への(あるいは視聴者への)問いかけを行い、それと共に歌が始まるわけです。ですから視聴者としては、歌の内容が雪歩の自分への問いかけへの答え、あるいは道しるべとして映るわけで、この作品のストーリーは、いわば二重底になってるわけですね。そして歌と共に雪歩の歩んできた道が描かれ、最後に雪歩の独白が示されて作品は終わります。読者は歌そのものの意味を味わうと共に、その歌の上に展開されたアイマスの物語をも味わうことで、すぐれてアイマス的な感動を享受することができるわけです。
 「TIME」以降のシラカワP作品は、このように構造的な感動があります。ただ、そこに至るまでは紆余曲折があり、「シンクロが弱い」などと心ない批判を受けたこともあったのですが、それも全部書いているとまた時間がぶっ飛んでしまうので、今日はこの辺にしておきましょう。

 以上です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 白雅雪blog. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。