iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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自己啓発と社会変革
 なんてことのない雑談です。
 格納します。
 ***

 西岡Pのエントリを読んでいて、ちょっと笑ってしまいました。
 

 僕がニコマス人口がもっと増えて欲しいと思う理由は人が少ないとつまらないからです。小難しい理由ではありません。


 いや、なかなか言い切れるもんじゃないですよw これがほとんどの人の正直な気持ちでしょう。再生数は多い方が嬉しいし、アイマスカテゴリで1位の動画が、御三家ランキングで40位くらいだったりすると、やっぱり悲しいわけです。
 これを「再生数に囚われていないか?」「ランキングに囚われていないか?」「相対的でなく、絶対的な評価に自信を持とう」などといって、一つ一つ「論破」してきたのが、「自治行為はやめよう」と言ってきた私のような人間です。そして多分、我々「自治行為嫌悪派」のほうが、どちらかというと主流派だと思います。少なくとも、残っている人間の中では。
 しかしながら、自治行為をする・しないの問題は、実はとても根深い問題をはらんでいます。
 たとえば自己啓発というのは、「自分が変わること」です。どんな暗い時代でも、自分が変わればいい。そうすれば世界が変わる。他人をどうのこうのしようというのは、押し付けだ・・・というわけです。
 これは一見気持ちのいい考え方に見えますが、問題もあります。たとえば開戦前夜の日本で自由に生きるのは難しい。どうやったって好きなことは出来ないし、思ったことを口に出すことさえ難しい。そんな中で上手く生きていくためには、これは「与えられた義務を果たすことに快感を感じる」とか「思ったことを口に出さないのが男らしいこと」と思うか、あるいはその時代の思想に染まって生きていくしかなく、実際、そういう人が大量にいたわけです。彼らは上手く時代に適応したわけですね。
 けれども一方で、「そもそも、好きなことが出来なかったり、思ったことが言えなかったりする、そんな社会がおかしい」という思想は異端視され、開戦前夜においては「社会を変えること」がなおざりにされてしまったわけです。言論統制も、軍国主義も、全ては「仕方のないこと」。いかにも日本人的な発想です。今のニコマスファンも、多くがこちら側にいます。私も、もちろんこっち側ですねw
 では「自分を変えること」は社会や時代を所与のものとして考えてしまう以上、「社会を変えること」が常に正解なのかというと、実はそうとも限りません。「社会を変えること」ばかりを考えてしまうと、今度は何か不満があるとは「社会が悪い」「会社が悪い」という人間が出来上がってしまうわけです。また、そうやって愚痴ってくれてるうちは別に構わないのですが、誤った認識を基に、実際に社会を誤った方向に変えてしまうような、そんな「活動家」まで出てくるわけです。日本ユニセフや、一部の環境団体なんかが典型ですね。「何もしない」ことが間違っているとしても、取るべき行動の選択を間違えていれば、「行動する」ことが悪になることもあるのです。
 この自己啓発と社会変革のどちらを取るか、あるいは両者の比重をどう取るかは重要です。社会変革派は、大抵の場合、問題提議は正しくても結論が間違っているので、多くの人に煙たがられます。が、後の時代から見てみると、その中の一人二人が正しいことを言っていたりするので、タチが悪いわけです。逆に自己啓発派は、いつの時代にも主流派です。というか、一人の人間が完全にどちらかに分類できるものではなく、一人の人間の中に社会改革と自己啓発がせめぎ合っているわけですが、圧倒的大多数が、自己啓発中心だと思います。少なくともこの日本では。
 私はニコマスに関しては自己啓発派なんですが、西岡Pの正直な意見を読んでいると、なるほどと思ってしまいました。こういう「人が多いほうが楽しいじゃん」というような正直な意見まで、自己啓発派が「自治行為につながる」とか「そんなこと言うと、再生数が減ってきた今が惨めみたいじゃないか。再生数を気にしないで投稿してくれるPたちに失礼だ」などと言ってコメでフルボッコし、その結果「こんなにいい作品があるんだから、もっと沢山の人と楽しみたいのに」と思う人が悲しみを背負ってニコマスを去ることになってしまうと、それは要するに自治行為であるわけです。
 逆に自治厨とか呼ばれる人が、一定の権限を委譲されて「改革」を断行していくことになると、それが独善的なものであれば、ニコマスファンはその自治に適応する必要があるので、「自分たちの理想に合わせるためにニコマスを改革してたはずが、いつの間にか新しいニコマスの自治に合わせることを強制されてた」ということになれば、これは自己啓発の強制です。
 このように、社会変革と自己啓発の二つは、やりすぎるともう片方に変身してしまうという、とても厄介な概念であるわけです。

 この問題に簡単な解決策はないでしょうし、それを考えられるほど頭も良くないのですが、西岡Pの正直な心情の吐露を受けて、この前とは少し考え方が変わりました。もうちょっと、変革を求める人たちの意見も真面目に聞いてみようと思います。いや、今まで真面目に読んでなかったのでw
 その点で、とてもいいきっかけになったエントリでした。西岡Pは、短く、単刀直入にまとめてくれるので、私の文章とは正反対で、非常にすがすがしく、憧れますね。逆が西岡Pのエントリで引用されてるdbdbPのエントリで、ところどころいいことも言ってるんですが、もやもやした言葉の海の中に、そのいい言葉が埋れているように見えてしまいます。・・・お前が言うなって?w まあ、その通りなんですw 同族嫌悪というか。(・A・)Pへのコンプレックスと一緒で、私の克服すべものですw
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