iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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アイマス野球道Girl’s・五年目(25)
 糸冬P
 

 大体twitterで書いたことの繰り返しですが。
 まあ、ほんと面白くて、そうして、何も残らないw 散々楽しんだ後、全てが風のように消えてしまう。今までの「作品」の概念からすると、「心に残らない作品」というのは、すなわち「駄作」だったんですが、こういうタイプのアイマス架空戦記というのは、いい意味で心に残りません。とても楽しくて、そうして、それだけなんです。「あー面白かった」以上の、意味ありげな、思想的な感想は残らない。でも、だからこそ、いいんです。
 今までの――90年代までの作品というのは、「いかに自分の言いたい事や表現したいことを、鑑賞者の心に刻み付けるか」が、「表現」の肝要だったと思います。それはあの時代独特の、とても「熱い」作品を生む一方で、主義主張が鬱陶しいだけの作品も大量に生みました。私のブログもそういうとこありますから、あんまり批判は出来ませんけどw
 でも、アイマス架空戦記なんかを見てると、そんな「メッセージ性」の強い作品に疲れてた自分の心が癒されるのを感じます。多くの作品には、そんな風に訴えかけてくるものは何にもない。それを今までの「作品とは、メッセージである」というような作品の視点しかない人が見ると、「レベルが低い」と感じるわけです。いや、私だって、ニコマスが歴史小説やクラシック音楽より「高級」だとは思ってません。無礼を承知で言えば、より低俗なものだとみなしてるかもしれない。
 しかし、そこには同時に「訴えかけてこない良さ」があります。何も主張せず、何も深めず、ただ抽象的な「面白さ」だけを提供する。それを「堕落」だと言いたい人の気持ちは分かるし、実際そういう面があるのは事実でしょう。それでも、こういった作品たちというのは、「反権力」を掲げながらも、実際には様々な権威と結びつかずにはいられなかった今までの芸術とか文化とかいうものへの、穏健なアンチテーゼにも見えます。自分たちの楽しんでるものを「芸術」とか「文化」とか呼ばれると「俺たちのはそんな大したものじゃないよ」と言って笑われてしまうわけですが、一方でそれは、思想とか政治とかいった「主義主張の押し付け」という「汚い」ものが混じった芸術やら文化やらとは違うんだ、という、厭世的な自負にも見えるわけです。
 ただ、繰り返しますが、それは決して「いいこと」ではない。政治や社会、経済を作品中で語りにくいというのもあるし、特に児童ポルノ規制などが強く進められている昨今では、この「芸術性や思想性の欠如」は、漫画やアニメやゲームにとって、強烈な弱点になっています。「芸術性が高ければ、わいせつ表現の違法性が阻却される」という判例があるくらいですから、それを逆に考えれば、「芸術性を追い求めないこと」「思想を語らないこと」などが表現の中核であるこれらの作品は、思想でも芸術でもないわけですから、権力者によって非常に取り締まりやすい。人権屋の連中がここに目を付けたのは、すごい「嗅覚」だとしか言いようがありません。

 ちなみに「わいせつなだけで思想性や芸術性がない作品は、ただの性具(バイブなど)と変わらず、『表現物』ではないのだから、憲法で認められた『表現の自由』による保護の対象外である」という補足意見(法的拘束力は無し)を書いた最高裁の裁判官がいます(団藤重光氏)。

 だからこういう作品の隆盛には手放しで喜べないのが現実なのですが、今この瞬間、こういった作品に最も心動かされてしまうのが事実であるわけです。何とかこういう作品を擁護できる概念や理論がないものですかね。
 でも、そんな風に「芸術」「文化」みたいな権威ある名前を貰ってしまうと、またそこから堕落が始まるわけです。あらゆる文化に寿命があるのは仕方のないことですが、どうやったら、少しでも寿命を引き伸ばせるもんでしょうか。この風のように爽やかで、つかみどころのない、名前の付けようもない、文化と呼びようもない文化と、少しでも長く、共にあり続けたいと願うばかりです。
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かつてはプロになることを夢見た身としては、プロの作品(商業作品)が、いかに数多くの制約に縛られて作られているか、というのを最近しみじみと感じています。
もちろん、制約があるからこその凄みも判るわけですけど。

面白いものを、お金が絡むが故にただ面白いというだけでは表に出せない現状は、皮肉なものだと思いますね。

アイマス野球道に関しては、元ゲームのとぼけた雰囲気と、アマチュアスポーツが題材であること、実在の人物が登場しないことが、いい方向に作用している気がします。
意味ありげに作ることは可能なんだとは思いますが、やりはじめるとそれこそいくら作っても終わらなくなりますしね。
難しく考えることなく楽しめる動画にしていきたいと思います。
糸冬 | URL | 2010/03/14/Sun 11:37 [編集]
 この件に関してはほんと手放しでは喜べないんですが、面白いことはどうしようもない事実だと思います。
 一つにはやはり著作権のような、著作物を発表して対価を得ることが文化を発展させるんだと主張する法律が、いつの間にやら作り手たちにとってのドグマになってしまっているというような気はします。
 もちろんそのおかげで、商業という形態だからこそ生まれたものが多い・・・というか、そういう商業作品があってこその二次創作だから、非商業性という面白さを提示しつつも、実は商業性に依存してるわけです。だから、やっぱり手放しでは喜べません。
 でも、それでもやっぱり面白いですねw そして、糸冬Pは幻戦記で「俺も『商業風』にやろうと思えば出来るんだぞ」ということを示せてるわけですw これは(・A・)Pとかも同じですね。それゆえ、安心して見れるというのもあります。
 だから糸冬Pがブログで「小説っぽい思考が難しくなってきた」と書かれてるのを見ると、危機感を感じますねw 誰も商業風の作品を作れなくなって、それがロストテクノロジーになってしまうのも惜しい。
 
 まあ、twitterでケントゥリオPが「自分には刹那的な楽しさだけしか提示しない作品は無理だ」と言ってましたから、実はニコ動の外にはそういう作品を求める人が依然としてほとんどなのかもしれません。だから、井の中の蛙が騒いでるだけなのかもしれませんけど、この果てしない面白さと共に、いつも何がしかの不安を感じてしまうのが事実です。
gase2 | URL | 2010/03/14/Sun 12:00 [編集]
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