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【im@s架空戦記】アドリアの乙女たち 第2話「選挙」 第3話「準備」
 アントニオP
 
 

 ウオッチリストに入れて「二話来ないなー」と思ってたら、ニコレポに新着が表示されない人だったというオチ。気が付いたら二つも来てましたw 情けない…全話に広告入れようかとも思ってた人なのに…。

 この動画を見てても、やはり「形式」問題について考え込んでしまいます。
 たとえばこの人の、あまり立ち絵を頻繁に差し替えない所なんかは、私は非常に好きなんです。これも能の影響なんでしょうかねw 台詞に合わせて立ち絵がコロコロ変わる人で上手い人もいますが(爽快PておくれP)、アントニオPはあまり立ち絵を変えません。一般的には立ち絵の差し替えが多く、かつ丁寧な人が評価されやすいと思いますし、実際にそういう部分に感動したというエントリはちょくちょく見かけますが、自分はこういう立ち絵があまり変わらない「静」のタイプの人も好きです。そういう良さが最も端的な形で表れていたのは、過去の作品では糸冬Pの伊織立志伝でしょう。立ち絵素材の不足などの事情があったのかもしれませんが、私の場合、表情が変わらないことは分かっているのに、ついつい「伊織の心を読み取りたい」と思って絵を注視してしまい、かえって伊織の内面への興味が高まったのを覚えています。能を見ている人が、変わるはずのない能面の「表情」を注視するのと似たような現象なのかもしれません。
 また、ウィンドウなんかも、最初のままでいいと思ってしまいましたね。いや、最近こんなことばっかり言っててすいませんw だってこれ、このままどんどん「視聴者の意見」を取り入れていったら、次は「名前欄は台詞ウィンドウから独立させた方が見やすい」とか、「紋章が台詞とかぶると見にくいから消すか薄くしたほうがいい」とか、「黒などの原色一色のウィンドウはショボく見えるから避けた方がいい」とか、「フォントは(ry」…いや、そういうことは、私も思いますよ?w 全く同じことを思います。思いますけど、そうやっていくと、何かどんどん、当たり前の形に収束していくようで嫌なんです。劇画が萌絵へと「綺麗」になっていくような…もちろんそれで得る物もあるんですが、捨てている物もあるように思うわけです。繰り返しますが、そちらの方が「豪華」で「綺麗」で「高級」で「望ましい」のは確かかもしれない。しかし、何か、何か大事な物が失われているようにも思うわけです。今はまだ、それが具体的に何なのか簡潔に説明出来ないのが悔しいんですが…。
 適当な喩えですが、ゴキブリが好きな人なんてほとんど居ませんから、誰もがゴキブリを見つけたらそれを退治しようとするわけですが、そうしてゴキブリが絶滅した世界は、本当に理想的な世界なのかというような問いかけに通じるものがあるかもしれません。まあ、これに対しては「程度の問題」という陳腐な答えしか用意できない自分も、情けない限りなんですが。
 ひょっとしたら最近、豪華な作品に慣れた人たちに反発する形で私の好みが先鋭化してしまって、ニコマスの視聴者一般の感性から大きく乖離し始めているのではないかと、不安を感じることがあります。これはこれで思想的な雑念に囚われてしまっているわけで、気を付けないといけないことです。
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当時はなるべくゲーム(太閤立志伝Ⅴ)準拠の雰囲気で行きたかったので、メッセージ枠やフォントはなるべく似せて、シリーズ開始当初は顔グラを一種類で押し切るつもりでした。古き良き時代という気もします。
当時は顔グラセットなんてありませんでしたからねー。
へぼいキャプチャ環境と透過PNGを作れるのがGIMPしかない環境で、よくやっていたものだと逆に自分を褒めたいぐらい(笑

実際、武将の顔グラは一種類でも何とかなってる場合が多いと思うのは欲目でしょうか。
アイドルが表情豊かになり、動きが多才になるとギャップが大きくなる悩みがありますね。

作る側としては、なにかしら向上させていきたいという欲求があるもので、回を重ねても最初に作ったバージョンにずっと甘んじているのは、それはそれで苦痛なんだと思います。
糸冬P | URL | 2010/04/11/Sun 21:48 [編集]
 糸冬Pこんにちは!

 武将の顔はなんで1種類でいいんでしょうかね。「元々1種類しかないから」という技術的な制約だけではなくて、何か主役と脇役の違いとか、ゲーム世界にあくまでアイドルが入り込んでるだけであって、ゲーム世界の住人とアイドルとの区別をしようとか、そんな意味があるのかもしれません。
 あとGIMPは使いにくいですよw 私はあのインターフェイスは最悪だと思ってます。いや、あれでいいという人もいるんですけどw

 色々向上していきたいというのはまさにその通りで、何か新しいことをする度に「最初のままで良かったのに」と言われてしまうようでは、新しいものが生まれるのを阻害してしまうというのが、自分の主張の最大の弱点です。
 しかし、ゲームが2Dから3Dに「進化」していって、失われた技術になってからドット芸が珍重されたりするのも悲しいので、やるならフリージアPみたいに行けるところまで行ってほしいし、そうでないのなら、別に「進化」しなくてもいいんじゃないの、という感じです。また、求められる「最低限の努力」が少しずつ上がって行ってるのに、作品の質が特に底上げされているとも感じられず、むしろ…ではないかというのが、自分の正直な心境です。
 ただ自分ではそんなつもりはないのですが、これは懐古主義やアナクロニズムと常に背中合わせ、あるいは一心同体なので、危険な主張だとは思ってます。色々考えながら、この主張の危険な点とか、利点とか、あるいは「動画の作者はもっと向上心を持て」という、私の主張の対極にある主張との折り合いをどのように付けるのかとか、そういうものを探って行きたいと思ってます。
gase2 | URL | 2010/04/11/Sun 22:19 [編集]
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