iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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【NovelsM@ster】あの人があまりにもあの人に似てたので。【デビュー作】
 影百合氏(P名未定)
 

 楽しい動画です。「誰もが一度は思ったけど、あえて言わなかった」ことを、「パクリ」とか「オリジナリティがない」みたいな嫌味な形でなく、エンタメ形式で笑いの形に昇華しながら確認したところに意義がある作品です。文字送りもテンポがよくて颯爽としています。
 1:15の眼鏡の演出なんかもいいですね。おそらく夢子が涼の声真似をするようなシーンなんでしょうが、ボイスがない以上それが出来ないので、夢子に眼鏡を掛けさせることで、「涼の真似をしている」ということを表現しています。ちょっとしたことですが、一種のアクセントになっており、これが動画の印象をワンランク上げてます。

 なお、冗談で「これ、アイマスである必要ないよね」という意味のコメントを書いた人がおり、悪気はなさそうなので攻撃したくはないのですが、私も冗談で「なぜこれがアイマスである必要があるのか」をtwitterでマジレスしたら思いのほかウケが良かったため、一応書いておきます。

 この動画に「アイマスである意味」は当然あり、それは他でもない、「エヴァ的要素の承継」の明示です。『ふしぎの海のナディア』のジャンとナディアに起源を持つ、『新世紀エヴァンゲリオン』のシンジとアスカで示されたガイナックス的な「弱い男と、強い女」のカップル像は、現在では一つの様式として各作品に当然のように取り入れられており、アイマスDSもその一つであることがこの作品によって明示されます。それはこういったエヴァ的要素が「アイマスDSに」承継されていることを示しており、他の作品では意味がありません。
 また、シンジと涼を比較してみると、面白い事が分かります。たとえばエヴァ第五話において、シンジはレイの部屋にあるゲンドウの眼鏡を掛けますが、それをレイが取り上げようとします。このシーンの一般的な解釈は、父と同化して母(レイ)に接近しようとしたシンジを、母たるレイが拒絶するというフロイト的なものでしょう。そこでは眼鏡はシンジにとって外部的なものです。
 しかし、涼にとって眼鏡(この眼鏡は色が違うだけで、ゲンドウのものとデザインがよく似ています)は普段着であり、涼はそれを付けている時、プレイヤーに「男性」であるとみなされます。つまり、涼にとって眼鏡は「男性」であることの象徴であると言えるでしょう。けれども涼はそれに飽き足らず、真の意味での「男性」になろうとして、眼鏡を外します。ここでは「男性」になるために「女性」を通過しなければならないという複雑なテーマが示されていますが、それは現代社会において男性に求められる、複雑な社会的位置を暗示しているともいえるでしょう。
 さらに、エヴァではシンジがゲンドウの眼鏡を掛けたわけですが、ここでは夢子が涼の眼鏡を掛けています。サムネにも使われているこの印象的な「絵」は、涼の父性あるいは男性性というものを、夢子が肩代わりするという意味に解釈しても面白いかもしれません。
 このように、エヴァにおける「眼鏡」の意味が、DSにおいては受け継がれつつも変遷しているわけです。ですから、両者の関係はただ単に「偉大なオリジナル」と「パクリ」ではありません。しかしながら、その差異に目を向けるためには、まず類似点から確認する必要があります。事実、この眼鏡云々の話は、この動画を見ていて思いついたことですから、やはり比較されて初めて気が付くこともあるわけです。
 以上より、エヴァとDSを比較し、その類似点や差異といった関係に思いを馳せるための入り口として、この動画にはアイマス素材を用いる固有の理由があると認めることができます。
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マジレス超乙ww
ごP | URL | 2010/06/10/Thu 22:23 [編集]
 ま、あんまりまとまってませんけど、ご愛嬌ということでw
gase2(雅雪P) | URL | 2010/06/10/Thu 23:10 [編集]
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