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【アイマス×FM1】 『@ Minefield』 mission-19(Cpart)
 テンダスP
 

 2:49からの雪歩や、7:45の立ち絵の使い方など、細かい演出もいいんですが、3:17からの春香とあずさの問答には、やはり注目せざるをえません。
 こういうシーンでは、よく片方が「教師」で片方が「生徒」という関係になりやすく、片方に説示されることでもう片方が「真理に気付く」というような構成を取ることが多いです。が、これは相当上手くやらないと「作者に説教されてる」感じを受け取り手に与えやすく、実際作者が読者に説教したくてやってることも多く、私は苦手なことが多いです。
 しかし、ここではあくまで二人が、表面的には平行線を辿ることで、この「説教臭さ」を消すという手法を取っています。これもよくある手法と言えばそうなんですが、単なる「説教」よりも高級な手法であり、私もこの場面では、この手法が実にいい味を出していると思います。春香はあずさの言葉を退けているように見えますが、本当はそう考えることはとうの昔に諦めたと「思い込もうとしている」だけである、または、春香が心の底ではあずさの言う事を肯定していることが、視聴者には明らかです。これは「春香の嘘」を直接には描いていないので、ある意味で、視聴者を信頼している表現だともいえます。少なくとも、「視聴者は馬鹿だから、はっきり書いてやらないと分からない」という表現ではない。そして、見る方としては、その信頼が、心地いいわけです。
 また、ここでは、多くの人が「春香がどう答えるか」に集中していると思います。あずさの問いは文言自体は普通で、当たり前の正論を言ってるように見えます。しかし、これがあずさに言われて春香が「それは・・・!」などと狼狽するような、あずさが春香を「諭す」ようなやり取りだと、視聴者は自分が問い詰められているような気がしてしまって、あずさの言うことが素直に受け入れられないことがあります。しかし、春香が嘘を付くことで、視聴者は――調子のいいことに――あずさの側、詰問者の側に立って春香を問い詰めるような気分になる。すると、視聴者はあずさと同化していて、いつの間にやら、あずさの思想を自分の思想に馴染ませてしまうような効果があるのではないかと思います。「北風と太陽」みたいな感じでしょうかw
 ただし、漫画版『風の谷のナウシカ』第七巻における庭守りとナウシカの問答など、「説教」も真正面からやって成功すると、強烈な効果を生み出すことがあります。なので作者が自分の思想信条を誰かに託して語らせること全てを、一律に「中二病」と言って否定するのはいけません。大抵の表現には、その上手い使い方があるもんです。

 6:52、このシリーズおなじみの「クサイ台詞」ですが、これはこの物語自体が、一種の「劇」である――つまり「台本」があって、「舞台」があって、その上で「役者」が「演じて」いる――ことを文章の面から表現したものでもあるので、そこから生じる「カッコ良さ」「クサさ」といった単純な効果だけからは論じられなくなってます。物語の構造自体と、深い関係があるといってよいでしょう。
 舞台の上で、日常会話のような音量や滑舌で喋られても困るわけです。「劇」なんですから。それは分かりきってることです。
 そして、この作品もまたそうであることを、このような台詞は明示しているといえるでしょう。

 7:23、なんてことのない明朝体ですが、「機動防衛線」という言葉の持つ雰囲気と相まって、バシッと決まってます。

 しかし、この動画で私が一番驚いたのは、多分、FF5の音楽である『遥かなる故郷』の使い方でした。私にとってこの曲は、もうちょっと「重い」ものだったので、結構軽めに使ったのが驚きでしたねw まあ、そういうことこそ、色んな人の作品に触れる上での、最大の楽しみだと思います。
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