iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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アイドルマスターデッドエンド #1 後編
 無免許P
 

 このブログはたまに無免許P本人もいらっしゃるので、あんまり言いたくないことなんですが・・・正直に言っちゃいましょうか?w まあ、同じような感想をコメに書くのを我慢してる人もいると思うので言ってしまうと、この「デッドエンド」は、前シリーズと違い、一言でいうと、「嫌な話」ですね。心がかき乱されるし、ヒステリックなPの受け答えには毎度のことウンザリさせられるし、真実のようなものは目の前に現れたかと思うと、手が届く寸前にいつもかき消すように消えていきます。この動画を見ても心が満たされることはないし、安らぐこともありません。アイドルがPに怒鳴り散らされる姿に、腹の底では心情穏やかならざる人もいると思います。だから、一言でいうと、繰り返しますが、これは「嫌な話」です。それ以外の何物でもありません。
 しかし・・・そういう気の重い部分を抱えつつも、結局、こうして私は見ているし、次回も見るでしょう。いえ、「見たい」です。心の底から先が見たい。
 それはなぜか? おそらく、「満たされないから」だと思います。動画中のPとは違い、我々はいつでもこの動画の「続きを見ない」という選択肢を選べるはずです。実際、既にそうした人も多数いることでしょう。しかしながら、私を含めた数百何人かの人々は、この動画世界の内に踏みとどまり、作品からサンドバックの如く一方的に殴打されながらも、歯を食いしばり、悲しい顔をしながら、常に祈り続けています。
 Pの幸せを? アイドルの幸せを? あるいは・・・人間の幸せを?
 なぜそうするのか。砂漠や海に蜃気楼が浮かぶように、絶望の虚無の中に浮かび上がるのが、救いとか、希望とか、神だからでしょう。救いがあるから救いを求めるのではなく、救いがないから、救いを幻想し、それを求めるのでしょう。
 我々にこの動画の「続き」を渇望させるものが、この動画の果てにある「真の救い」なのか、あるいは砂漠に放り出された罪人のように、たとえそれが蜃気楼だと分かっていても、オアシスが見える以上そこに進んでいくしかないという「足掻き」なのか・・・それは分かりませんけれども、一つだけ言えることは、私はこの動画の先が知りたいし、どんな結末でもいいから、「終わって欲しい」。
 この感覚に似たようなものとしては、ケントゥリオPのITWがあります。あの作品も重苦しい展開の連続で、何かいいことがあると思うと、すぐに次の問題が発生し、千早は息付く暇もなく、いつも災いの渦中に巻き込まれていきます。千早が大成して、常勝の将軍になって、幸せばっかりの日々が描かれる日が来るとは到底思えません。多分、最後まであのような話のまま終わるでしょう。つまり、救いはないんです。しかし、先が見たい。救いがあると信じてるから先に進むのではなく、十中八九ないと分かってても、それでも先が見たいわけです。
 思うに、それが人生なんでしょう。楽しいから生きてるとは限らない。苦しいことが終わったら、また次の苦しいことが来る。それでも生き続けるし、病気になったら病院に行くし、惨めな長生きはしたくないけれども、誰もが「今はまだ、自分が死ぬ時ではない」と思っている。
 もちろん、そんな暗いことばっかりが人生でもないんですけれども、この作品は、人生のそのような側面を強く感じさせます。私はどんなに苦しくても、限界まで食らいついて、この作品の終わりを見届けようとすることでしょう。「好きに生きろ」と言われても、好きに生きることが出来ないであろう、この作品のPと同じように。
 そして、「終わって欲しい」わけです。多くの人間は、いますぐ死にたいとも思ってないし、永遠に生きたいとも思っていません。ただ・・・「自然に」終わってくれればいいと思っています。私も同感です。
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どうも、無免許Pです。いつもありがとうございます。

個人的な問題とすれば、やりたい事と求められる事の比率配分が私はいまいちできない、
ってな辺りが災いして今の感じになっているんだと思います。

シナリオにしても、後先良い事ないでしょうし、みんな消えるかもしれません。
ただ、人生悪い事ばかりじゃないよね、みたいな話がやりたいのは事実なので、
この先、視聴者離れは悲しいですが、やり切りたいのが本心ですね。

色々と寄り道はするかもしれませんが、いつになるかはわかりませんが、
しっかり終わらせましょう。アイマス2も出ますし。

では、ご視聴、ご感想ありがとうございます。
よろしければ、また次回も見て頂けたら幸いです。


余談ですが、私はブログ等での感想探しに『みてれぅ』を使ってます。
無免許P | URL | 2010/08/13/Fri 18:10 [編集]
 こんにちは。コメントありがとうございます。

 この作品に関しては色々と複雑な感情はありますが、何が面白いかは事後的にしか分からないから、とりあえずめいめいが好きなことやって、それが評価されるかどうかは視聴者に任せる、というのがニコ動のテーゼだと思います。ので、事前に「ニコマスでやっていいことと悪いこと」みたいなフルイに掛けてしまったら、この作品は生まれなかっただろうし、それは勘弁してほしい。要するに、実際にモノを見てみないと、いいか悪いかなんて分かりませんからね。そして、私はこの作品は「アリ」だと思うわけです。「ナシ」だという人もいるだろうなあ、とは思いますがw
 ということで、建前論としては「好きにやってください、詰まらなかったら見ません」「でも私は見てますよ」・・・ということで結論は出てるんですが、やっぱり、見てて辛いことは多いですよw ただ、これまた理想論ではありますが、結局は求められることとやりたいことのバランスを取るしかないでしょうし、ニコ動というのは好き勝手にやっていいようでいて、何か商業作品とは別の、強い縛りが存在するようにも思います。
 では、それに従うのがベストかというと、これまた良く分かりません。ニコマスの「流れ」をつかんだ風のような作品がある一方で、このデッドエンドのような、嵐の中に建ってる巨塔のような作品もあります。だから結局、「全ての判断は事後的に」という最初の結論に戻ってしまうんですね・・・。

 まあ、何度か書いてますが、圧倒的なクオリティと比して、この動画の再生数はとんでもなく低いです。この点はどうしようもないことだと思いますが、作品の価値自体は素晴らしく高いと思うので、是非続けて欲しいですね。「価値」ってなんだ? という話にはなりますけれどもw
 本当に、作品の「価値」ってなんなんでしょうね。「アイマス借りてきた」やこの「デッドエンド」なんかは、ニコマスやニコ動が終わって、誰かが学術的な研究をし始めたら、必ず「こんな凄い作品が不当な評価に甘んじていた!」みたいな話になる作品だとは思います。けれども、その視点が「正しい」のか? 無免許Pは、その人らにそんなこと言ってもらうために作ったのか? 考えれば考えるほど、迷宮入りになってしまいます。
 でも、「アイマスと出会って、こんなものを作りたいと思った人がいた」ということを残すという意味では、いずれにしろ必ず意味のある作品です。是非、最後までこの物語の終わりを見届させてください。
 応援してます!
gase2(雅雪P) | URL | 2010/08/13/Fri 19:44 [編集]
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