iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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【中つ国で】ロード・オブ・ザ・アイドルズ!【MMDm@ster】
 いとしいさかなP
 

 最初は「背景を変えながら踊るだけか」と思ってサッと流し見て終わったんですが、いとしいさかなPのIotRをいつも見てる関係で、「やっぱ最初から全部見るか」と思って見直したら、思いの他よかった感じですw

 以下、作品の直接の感想というよりは、思いついた関連事項についての雑感です。
 ***

 現代の作品というのは、作品中の登場人物がそれぞれの作品世界に専属しており、固定されているわけで、そこには作者という造物主からの、強力な縦の拘束力が働いているように思います。それは一種の所有権であり、法的には著作権と評価されるわけです。しかしその一方で、そのキャラをそれぞれの専属世界から解放し――あるいは強奪し――、他の世界と行き来させる横のモメントが、iM@S架空戦記にはあるような気がします。私がノベマスより架空戦記が好きな理由は、これかもしれません。そこにはノマド的な自由さがあります。
 ただ、こういうアニメやゲームにおけるキャラの強さ――作品的文脈から切り離しても、それ単体で存在しうるキャラの強さというのは、何か文学的には低俗なものと考えられているようです。つまり、キャラが本来属する物語世界の文脈から切断されても存在しえてよいのか、ということでしょう。これは現代における「負荷なき自我」「原子的個人」の幻想と軌を一にしているようにも思います。フランス語のノマド(nomade)が、日本語で「漂泊民」と訳されるように、本来的に自分の属する作品世界から切断され、二次創作の中で自由に別個の作品世界間を行き来するキャラたちもやはり、所詮は行き場を失った漂白の民なのかもしれません。
 けれども、現代文学における登場人物の、あまりの「キャラ」としての脆弱さを見ていると、私はまだ、こちらの方がマシに思えます。そこでは登場人物がその作品世界の中でしか生きられず、作品の文脈上に存在するというよりは、作品の文脈そのものとして埋没している――いや、作者という造物主が、自らの手で、作品の文脈の中に、登場人物を埋没させているのではないかと思えるからです。またそれは、物語が強力すぎて登場人物が拘束されているわけではなく、むしろ物語の中に登場人物を埋め込むことをおそれ、物語を弱体化しすぎた結果、登場人物も空気のような存在になってしまい、作品世界から離脱できない、脆弱な存在になってしまったように思えます。

 それからニコ動やMMDで注目すべきことは、原子的なキャラたちを操り、異なる世界観を行き来させる主体は、作者という造物主ではなく、「うp主」と呼ばれる第三者であるということです。ここでは一神教的な世界と、多神教的な世界の対立があり――あるいは対話があるかもしれません。
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