iM@S架空戦記を中心としたニコマスの感想サイトです。

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練習雑記
 今日、弟に「合気上げって何?」と聞かれたので、説明が面倒なので実際に自分の腕をつかんでもらい、適当に能のハコビで前に歩いた所、効いてしまいましたw といっても、弟の足がもつれて転びそうになった程度ですが。
 私は合気道も何にも知りませんが、普通の歩きと比べた所、能のハコビの方が「いつ足を後ろに下げたらいいか分からず、足がもつれて転びそうになる」そうです。これは合気上げによる重心崩しというより、体があまり揺れずに前に進むことによる効果かもしれませんが、弟は「こういうのを極めれば、人が吹っ飛ぶのもありそうだ」と言ってました。
 私はただ腰を割って、地面を蹴らずに歩いただけです。リラックスの度合いは、椅子に座ってニコ動を見てる時くらいで、本当に力は全く入れてませんでした。不思議なこともあるもんだと思い、また、やっぱりこの芸能は面白いと思いましたね。
 もともと能を習い始めた理由は、少しかじった空手に疑問があり、「何か日本の『型』が正確に残ってる習い事は無いだろうか」と思っていたことです。当然、そんなものがお手頃な値段と距離であるわけもなかったのですが、とりあえず手頃だったのが大学の能楽サークルで、フラフラと入ってしまいました。だから最初は謡なんてどうでも良かったんですが、今は謠も好きですw

 そんないいこともあった一方で、先日行った能のお稽古では、自分に失望しました。この数週間ほどかなり研究を重ねていたので、正直自信があったんですが、見事に砕け散ってしまいましたねw 自分が細かい型のコツ(というか、型そのもの)を何も知らないことが分かり、「俺って何にも知らないんだなあ・・・」と天狗の鼻をへし折られて落ち込んだのが一つ。それともう一つは、やっぱり自分一人での稽古期間が長いと、我流の思い込みが積み重なってしまうんですね。それで先生の教えに色々と「でも、そうは言うけど・・・」というような、武術オタクだった頃のような理屈っぽい反発が内心であって、それが自分でも大変気分が悪かった。
 いや、そんな風に素直になれない人間は、上達しないんですよ。疑う気持ちは大切なんですが、まずは言われた通りにやってみる。これが大切なんですね。やってみる前から、理屈で拒否反応を示す人間は成長しません。こんな状態は大学時代に卒業したつもりだったんですが、久々にこの気持ちが心をかすめたので、何とも自分に失望してしまいました。
 まあ、自分も少しは大人になったので、すぐに数分で軌道修正して話を聞くようにしましたが、こういうことがあるので、師伝というのはやはりいいですね。やっぱり独学は、独り善がりになりやすいと思います。そういう自分の状態が確認できるという意味でも、信頼できる先生を持つのはいいことです。

 ま、そんなこと考えると、実はいい経験だった気もしますけどねw
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「でも、そうは言うけど・・・」って、結構ありますね。
そんな馬鹿な、同じようにやってるじゃないか、と思っていても
先生が「違う」と言うのならば、やっぱり何かが違うわけで
じゃあいったい何が違うのか?という知りたい事そのものについては
なかなか教えてくれない・・・のがウチの先生ですw

雅雪さんのように、研究した成果を稽古に持っていくというのは
習い事をする上で最も大切な弟子の仕事だと思っています。
あまり大きな声では言えませんが
私の周りはずっと年上のベテランばかりなのに
なんというか、自分のスタイルが凝り固まっているヒトばかりに見えます。
あるいは、間違えないようにする努力で精一杯なのかもしれませんが
研究なり発見なりしたモノを稽古で示す事ができないのであれば
浅く広くな趣味で終わってしまうのではないでしょうか。(それもアリですけど)
たとえ怒られようとも、こちらから何かを出さなければ
何も受け取れないのが習い事なのではないでしょうか。
あくまで私個人の稽古への心構えですけど。

まぁ、たまにはヘコむのもいいですよねw
「その時」は笑えませんが、後できっと報われます。
弟子は宿題を得る為に頑張るのです。
ワキの事を言ったヒト | URL | 2010/12/24/Fri 19:37 [編集]
 こんにちは。

 ま、実際常に先生が正しい訳でもないと思いますけどw あんまり絶対化してしまうのもアレなんですけれども、あんまり相対化してしまうのも・・・という感じです。
 自分は盲目的に従うのは嫌なんですが、少なくとも今のところ、意図的に先生の言うことに真っ向から歯向かってることはありません。結局、なんだかんだで、色々試した結果、先生の教えに戻ってくるのがほとんどですね。だったら最初からそうしろということなんですが、まあ、その遠回りのおかげでありがたみが分かってますw
 ただ、そういう時、先生が「腹に力を入れて謡う」とか、「腰にだけ力を入れて歩く」とか、抽象的なことしか言わないのは、逆にいいかもしれないと思いますね。あんまり細かく言うと、個人個人で差がありますから、当てはまらない場合もあるかもしれない。それがああいう抽象的な指導だからこそ、個人個人が自分の頭で考えて、「腰で歩くとはなんぞや」という風に、自分の身体感覚に合った「腰で歩く」というのを体得しようとするのかも、と思います。

>自分のスタイル
 この言葉は魔物ですね。妙な個性主義に陥って、「これが俺のやり方だ」となってしまうと、上手くならないですからね。私も大学時代は「自分のスタイル」なるものを意固地に貫いてた気がしますがw
 最初の頃は、名人と呼ばれる人の動画を見ても、「これのどこがいいの?」とか思ったりしました。左右の時の手の上がり方とか・・・。ただ、段々とつかむものがあると、後で「ああーっ! あの時の左右の手の上がり方って、こういうことだったのか!」と分かったりしますw それで結局、同じことをするようになる。分かれば分かるほど、同じ動きになってく気がしますw

 自分で研究しつつ、それに固執せず・・・芸事はなかなか難しいですねw
gase2(雅雪P) | URL | 2010/12/25/Sat 10:14 [編集]
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