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ラーメン雑感
 最近、昼はラーメンばっかりです。

 そもそもの始まりは、確か福岡に仕事だったかで行った時に、庭上げPに「なんかいいお店ありませんか」とtwitterで聞いたところ、挙げられた名前の中に一風堂があったので、行ってみたからです。
 その後、東京に行った時もラーメンばかり食べ、今金沢に帰ってきて、ラーメンばっかり食べてますw

 ラーメンはいいですね。何がいいかというと、「型」がある。人間、「何やってもいいよ」と言われると、案外、似たようなことしか出来ないものです。「アート」の看板をぶら下げた一群の作品たちを見れば、それは明らかだと思います。
 チャーシューがあって、卵があって、麺があって、スープがある。いや、無くてもいい。「こういうものが、あるはずだ」という型があるからこそ、それが無かったら無かったで、面白い。また、麺、スープ、具材、サイドメニュー、といった風に要素が分解されているので、「あそこのチャーシューはいいが、卵は駄目だ」「スープはいいが、細麺には合わない」といった通ぶった議論も、(今の私のように)短期間で出来るようになります。
 ただ、いくつかの店で、「スープだけで飲むとかなり旨いし、麺も悪くないはずだけど、なぜか麺をすすった時に、あまり旨いと感じない」ということを経験しました。「麺」「スープ」と要素ごとに分解して考えてしまうことの弱点かな、とも思います。総合的なものを見逃してしまう店主もいるのかもしれません。

 これが何に似てるかというと、架空戦記の創作論ですね。「ウィンドウは大きく」「フォントはMSゴシック以外で」と語られる時は、実際にそのアドバイスが当たってることももちろんあるんですが、大抵の場合は、そのような改変が他の要素をどのように圧迫するかが顧みられないまま、言われてしまうことが多いと思います。
 私は「美は細部に宿る」という言葉が、あまり好きではありません。確かに「美は細部に宿る」という言葉が似合う作品は沢山ありますが、多くの人がこの言葉を使う時、あまりにも全体を軽視しすぎていると思うからです。
 たとえば人物画を鑑賞する時、いきなりキャンバスに鼻が付くくらい接近し、手を見て、目を見て、顔を見て、それで「いい絵だな」と感心することは、実際にはほとんどないと思います。大抵の人はまず少し離れて全体を見て、「ああ、いい絵だな」と感じるのが普通でしょう。
 ところが、なぜその絵が美しいかを考える時、我々は大抵、キャンバスに鼻が付くくらい接近し、手を見て、目を見て、顔を見ます。そして「手が綺麗だ」「目が綺麗だ」「顔が綺麗だ」と感心し、「手が綺麗で、目が綺麗で、顔が綺麗だから、この絵は美しいんだ」と考える。これはなんとも滑稽な現象だと思います。

 やはり私は、「全体は部分の総和でない」ということを感じさせてくれる作品が好きですね。私が「世界IDOL大戦?」や「ザ・コンビニ3×iM@S ?AMAMY MART?」を強く推すのは、このためです。
 高級食材を使った一皿3万円の料理が旨いのは、これは当たり前でしょう。「750円のラーメンで、ここまで旨い!」というのを感じたいわけです。それが自分にとっての、ニコマスの最大の楽しみですねw
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